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【スピリチュアル・ビートルズ】ピーター・バラカンさんに聞く(上)――今でも「ツイスト・アンド・シャウト」がNo.1

『プリーズ・プリーズ・ミー/ザ・ビートルズ』 (ユニバーサルミュージック)
『プリーズ・プリーズ・ミー/ザ・ビートルズ』
(ユニバーサルミュージック)

 ブロードキャスターのピーター・バラカンさんは今から59年前(1963年)のビートルズとの出会いについて振り返る――「確実に初めて聞いたのは『プリーズ・プリーズ・ミー』です。当時イギリスで大ヒットしており、知らない人はいなかった」。

 ロンドンで暮らしていたバラカンさんは当時11才。それまではクリフ・リチャードを擁するシャドウズのようなグループはあったけれども、インストゥルメンタルで「歌えるバンドというのはビートルズが初めてだったのでは」と語る。

 メンバーに「それぞれ存在感がある。ビジュアル的に違っていた。ハーモニーで歌う。ハーモニー・ヴォ―カルの良さをビートルズで知りました」とバラカンさん。

 アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は親が買ってくれた。というのもシングル盤でさえおカネを貯めて買っていたぐらいだったからアルバムには自分では手が出なかったからだ。母はビートルズに肯定的で「私と弟に「髪をのばせば」と言うぐらいだった」。

 「学校の友達たちはみなビートルズが好きだった。彼らのレコードはみな聴いていた。彼らを嫌いな人はあまりいなかった」とバラカンさん。女の子の間では四人のメンバー中、ポール・マカートニーが一番の人気だったという。

ピーター・バラカンさん(写真:ご本人提供)。
ピーター・バラカンさん(写真:ご本人提供)。

 バラカンさんが生まれて初めて経験したコンサートはビートルズだった。’64年1月2日、バラカンさんの家からバスひとつで行けるアストリア劇場で12月下旬から行われていたクリスマス・ショーを、2階の最前列の席で母親と弟と一緒に観たのだ。バラカンさんは事前にチケットを買うのに弟と朝の8時台から並んで待った。「すごく寒かった」という。

 ビリー・J・クレイマーなどブライアン・エプスタイン傘下のアーティストらが登場し、ビートルズはトリを務めていた。バラカンさんはいう「ビートルズは見えたけれど、何も聞こえなかった。周りの女の子たちのキャーという声がけたたましかった」。

 バラカンさんは、ビートルズが’66年にライブを止めた大きな理由は自分たちの演奏さえ聞こえないからだったのではないかという。リンゴ・スターは前にいる3人のお尻のふり方を見て、どこを演奏しているか判別していると言ったぐらいだ、とバラカンさん。

 バラカンさんはリアルタイムでビートルズを聴いていった。シングル盤はA面だけでなくB面も聴きこんだ。「ビートルズは特にB面にいい曲を入れていました。他の歌手であればB面なんて聴くに値しないものもあったけれど、ビートルズにはつまらないB面が一つもなかった」。そしてバラカンさんは特に好きなB面曲として「ジス・ボーイ」、「イエス・イット・イズ」、時代を下って「ユー・ノウ・マイ・ネーム」を挙げた。

 ビートルズの曲で一番好きなのは「いまだに『ツイスト・アンド・シャウト』」だという。バラカンさんは「アイズリー・ブラザース(のオリジナル)よりビートルズのカヴァーの方が好きだな。名カヴァーだと思う」と語る。他にオリジナルに劣らないと思うのは「ユー・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー」や「ロックン・ロール・ミュージック」。

 映画『ハード・デイズ・ナイト』も一週間に二度見るほどで「あまりにもかっこよかった」とバラカンさんはいう。ビートルズ映画の中でも「断トツのおもしろさ。ほとんどドキュメンタリーを見ている気分で、彼らは自分をそのまま出している感じです。また脇を固めている俳優たちもテレビでよく知っている性格俳優でおもしろかった」。

 ’64年からボブ・ディランの影響もあって「歌詞の作り方が変わっていきました。単純なラヴ・ソングではなくなったのです。またジョージ・ハリスンがシタールに興味を持つなど、これまでのポップ・レコードにない新鮮な音色が出てきた」とバラカンさんはいう。

 そしてバラカンさんは続けた。「『プリーズ・プリーズ・ミー』から『リボルバー』まではどのアルバムも好きです。中でも『ラバー・ソウル』が一番好き。嫌いな曲がない」。

 一方、’67年の『サージェント・ペパーズ』は当時のバラカンさんにはあまり響かなかったという。彼が説明するのには、当時の彼はブルースばかりをのめりこむように聴いていたので、その真逆の音は当時の彼が聴きたい音ではなかったから。

 ただ3つ違いの弟はビートルズ狂でレコードは発売日に買ってきて、家に一台しかないプレイヤーで何回も何回もかけるので、『ホワイト・アルバム』などその後のビートルズのレコードについても、バラカンさんは少なくとも耳にはしていたという。

 バラカンさんは4人のソロ活動については、リアルタイムで聴いて好きだったのがジョン・レノンのシングル「インスタント・カーマ」、「コールド・ターキー」や「パワー・トゥ・ザ・ピープル」、あとアルバム『イマジン』だと述べた。

 『ジョンの魂』は「生々しすぎて引いてしまう感じがあった。でも後から好きになったアルバムで、ジョンの(ソロ・アルバムの)中では一番好きです」。

 「イマジン」という作品に関してバラカンさんはいう。「戦争が起きるのは国家主義に走るから。宗教が戦争のもとになるのはもってのほか。そういう当たり前のことを若者に響く形で言う人がジョンの前にはいなかった。内容的には誰でも受け入れられるものではなく、ある意味過激。よく人気曲になったなと思います」。

 またジョンとヨーコ・オノの「ハッピー・クリスマス」を12月25日の朝にまずかけるのが「我が家の伝統」だという。「今でもそうです」。

 ジョンには「生き方の参考になったことがあると思う。結果的に間違ったことをしていても、誠意をもって正直に行動すること。自分の名声を人のために使おうとしたこと。マネしたいところです。またハウス・ハズバンド(主夫)も誰でも知っている言葉になりました」。

 ジョンの死は「衝撃的でした」。「親の世代はジョン・ケネディが亡くなった時、どこにいたか誰でも覚えているといいますが、ぼくらはジョン・レノンなのです」という。

 ポールのソロでは『マカートニー』の中の「メイビ―・アイム・アメイズド」と『バンド・オン・ザ・ラン』、ジョージでは『オール・シングス・マスト・パス』がいきなり3枚組でハードルが高かったが「ビウェア・オブ・ダークネス」、「イズント・イット・ア・ピティ」、「マイ・スウィート・ロード」といった佳作があったという。後のアルバムでわりに好きなのは『33 1/3』と『ブレインウォッシュド』だとバラカンさんは語った。

文・桑原亘之介

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