生活情報のコラム

連載【躍進イタリア五輪代表を支えたおもてなし】⑤ コロナ禍で巡ってきた事前キャンプ

町民への公開練習時、練習会場の諏訪湖をバックに選手団36名が記念撮影。
町民への公開練習時、練習会場の諏訪湖をバックに選手団36名が記念撮影。

 コロナ禍で開催された東京2020オリンピック・パラリンピック。感染症拡大を危惧し事前キャンプを取りやめる海外の競技団体、受け入れを断る国内の自治体もあった。しかし、中には新たにキャンプ地探しをする競技団体もあった。選手村への入村は試合の5~7日前以内と制限されたため、事前キャンプ地の確保がより重要になったからだ。国は事前キャンプ受け入れ自治体が所定の手続きを行うことで、2週間の隔離をせずに選手団が活動できる特例を定めた。

直前の合宿地探し

 競技会場での練習日程が短縮されたイタリア・ボートチームも、今年3月に入ってから急きょ事前キャンプ地探しをスタート。日本での窓口役である電通とベースキャンプ地である早稲田大学に相談してきた。このタイミングで自治体が新たに海外競技団体の受け入れを決定するのは、極めて難しいことは目に見えていた。このような状況ではあったが、早大漕艇部の内田大介監督は、出身地の長野県下諏訪町へ受け入れを求めた。

 長野県内唯一の「ボートの町」下諏訪町では、東京大会での事前キャンプ招致を目指して艇庫とトレーニング施設を新設し招致に力を入れていたが、決まらないままコロナ禍に突入していた。「強豪国の漕ぎを一目見たい」。熱望する地域のボート関係者も多く、強豪イタリアの受け入れは、通常時ならば二つ返事で決まったところだ。しかし、感染症拡大が収まらない中、1カ月ほど返答を保留。「ワクチン接種が始まり職員が足りなくなる状況下で、国が求めるマニュアル作成や諸手続き、PCR検査実施など、キャンプ運営には膨大な労力が割かれる」――。4月末に下諏訪町は受け入れに難色を示した。 だが、内田監督は「運営は長野県ボート協会が協力してくれる。競技に精通した早大ボート部員が通訳として帯同する。合宿費用は全額イタリア側が持つ。国への手続きも協力する。町の負担を極力抑えるから、何とかチームを諏訪湖で練習させてほしい」と、連休前、関係者と町長への直談判に出向いた。町は議論の末、イタリアと同時期に正式に依頼してきたアルゼンチンのボートとカヌーのチームの受け入れを6月上旬に表明。町教育こども課の樫尾光洋課長は、「準備を急ぎ、町にとって良いものを残したい」と、事前キャンプ担当者と各方面へ説明に回った。

好天に恵まれ、富士山を望める日もあり選手は大喜び。艇の最終調整を行い、好成績につなげた
好天に恵まれ、富士山を望める日もあり選手は大喜び。艇の最終調整を行い、好成績につなげた

自治体が連携してマニュアル作成

 事前キャンプが決まった自治体は、国で義務付けられた「受け入れマニュアル」の策定が課せられた。受け入れマニュアルには、入国~滞在~選手村入りまでの過ごし方のほか、宿舎、食事、PCR検査、練習会場などの動線計画について詳細に明記し、英訳して相手国から同意書を得る必要があった。

 内田監督はイタリアの後、クロアチア・ボートチーム(選手団5人)からもキャンプ地探しの依頼を受け、自身が住む山梨県富士河口湖町に打診し実施を決め、受け入れマニュアル作成を町と推進。同時期に作成していた下諏訪町、富士河口湖町、早大で合宿を行う難民選手団の受け入れ自治体である東京都新宿区が参加し「コロナ対策マニュアル作成合同ミーティング」を開いた。いち早くマニュアルを完成させていた所沢市に早大が提供を要請し、快諾を得た。大会を目前にして時間がない。誰もが手探りの中、「国や自治体の垣根を超え、みんなで助け合い、何とか大会を成功させなくては」と必死の思いだった。

 イタリアとアルゼンチン、2カ国の受け入れ準備に奔走した下諏訪町の岸田裕司さんは、寝る間を惜しみ大量のマニュアルなど国への提出資料を作成。さらに、PCR検査体制作りや病院などとの調整も行った。イタリアからオリンピック会場の海の森に届いたボートの移送は長野県ボート協会の杉村篤さんが行ったほか、大会や高校生の練習との時間調整に協会が腐心した。また、ホテルを一棟借り上げ、厳しい制約下ではあるもののできるだけ快適な滞在となるよう、地元の旅行代理店代表の原昭一さんらが食事や輸送、洗濯などの細部に渡り突貫で準備。7月13日、下諏訪町はイタリア選手団36人を迎えた。

嵐のような夏だった

 4日間の練習は好天が続いた。短い期間ではあったが、オンライン交流のほか、練習会場の「下諏訪ローイングパークAQUA未来」での歓迎会もかなった。イタリア選手たちは円陣を組んで気合を入れるエールを町民に披露。見学に訪れた町民たちは「オリンピックを見に行けない中、生で見られるのはすごい」「かっこよかった。頑張ってほしい」と目を輝かせた。

 チームリーダーのアンブラ・ディミチェリさんは「厳しい状況下で練習させていただき、とても大事なタイミングでいい練習を積ませてもらった。おもてなし、食事、すべてがパーフェクトで心から感謝しています」と感謝。宮坂徹町長も「いろいろな幸運が重なり、いい条件でキャンプができてうれしい。これからもぜひ、交流を続けたい」とキャンプの成功を喜んだ。

 オリンピック初日からスタートしたボート競技で、イタリアは金メダル1個、銅メダル2個の好成績を残した。長野県ボート協会木下芳樹理事長は「強豪国の姿をここで見ることは夢だった。素晴らしいチームに関われて最高でした」とかみしめた。

 9月初旬には、下諏訪町庁舎の一角で、オリンピックを振り返り、事前キャンプでの写真や贈呈されたウエア、サイン入りのイタリア国旗などを展示。そして、町体育館のカレンダーは、秋口になっても7月のまま、めくられずにいた。岸田さんは「(アルゼンチンも含め事前合宿を行った)1カ月間は、家庭内で一人隔離されていた。1年前、いや半年前でも強豪国が町に来て、こんな日々を過ごすとは予測できなかった。いろいろな意味ですごい時間だった」と職員たちと顔を見合わせた。

(了)

コロナ禍の中、町職員、長野県ボート協会など地元が一体となってイタリアチームを迎え、大勢の町民が選手団を見送った。
コロナ禍の中、町職員、長野県ボート協会など地元が一体となってイタリアチームを迎え、大勢の町民が選手団を見送った。

<筆者略歴>
中山英子(なかやま・えいこ)
 信濃毎日新聞の記者時代に、冬季そり競技スケルトン競技を始め、2002年ソルトレークシティー、06年トリノ両冬季五輪に出場。 東京大会ではイタリアチームほか事前キャンプに携わる。長野県出身。

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