生活情報のコラム

【洋楽を抱きしめて】古き良きアメリカを体現した兄妹デュオ、カーペンターズ

『ナウ・アンド・ゼン/カーペンターズ』(ユニバーサル・ミュージック)
『ナウ・アンド・ゼン/カーペンターズ』(ユニバーサル・ミュージック)

 カーペンターズ人気は衰えを知らない。ラジオからはいまだに彼らの音楽が流れ、日本中の英語学習教室では彼らの楽曲が教材に使われ、1995年リリースのベスト盤『カーペンターズ/青春の輝き』の売り上げは200万枚に達しているという。

 兄妹デュオのカーペンターズの2人――リチャードとカレン。リチャードは幼いころから音楽に興味を持っていた一方、カレンは身体を動かすことの方が好きな活発な少女だった。そんな彼女も高校時代にドラムに興味を持つやたちまちとりこになってしまう。

 彼らは音楽活動を始める。紆余曲折を経て、メジャーレーベルからのレコード発売を目指す彼らはデモ・テープをレコード会社に送り続けた。これが功を奏した。A&Mの共同創設者であるハーブ・アルパートが、カレンのボーカルに心を奪われてしまったのだ。

 ’69年春、カーペンターズはA&Mと契約。二人はまだカリフォルニア州立大学ロングビーチ校の大学生だった。同年秋、ファーストアルバム『オファリング』(のちに『涙の乗車券』と改題)をリリースする。ビートルズのカバーである「涙の乗車券」を聞いたバート・バカラックがこれを気に入り、彼らに「遥かなる影(Close to you)」を提供する。

 これが’70年7月、米ビルボード誌のチャートの1位を獲得し、一躍注目の的となった。続けて、同曲のタイトルを冠したセカンドアルバムを発売。「愛のプレリュード(We’ve only just begun)」も最高位2位の大ヒットとなる。翌’71年もヒット曲を量産していった――「ふたりの誓い(For all we know)」、「雨の日と月曜日は」、「スーパースター」。

 これらヒット曲満載の3枚目のアルバム『カーペンターズ』に続き、’72年にはレオン・ラッセルのペンによる名曲「ア・ソング・フォー・ユー」を題した第4弾アルバムを発表。同アルバムにも次のようなヒット曲が収められていた――「トップ・オブ・ザ・ワールド」、「ハーティング・イーチ・アザー」、「愛にさよならを」。

 止まらないカーペンターズ。’73年にはとりわけ評価が高いアルバム『ナウ・アンド・ゼン』を発表する。(レコードの)A面はおなじみのカーペンターズが堪能出来る楽曲が並び、B面は「イエスタデイ・ワンス・モア」で始まり、そのあとにオールディーズがメドレーで続き、「イエスタデイ・ワンス・モア」で締めくくられるという、コンセプト・アルバムだ。

 「若い頃、ラジオを聴いては、大好きな曲がかかるのを待っていた。あの“シャララ”とか“ウォゥウォゥ”とかいうコーラスは今でも輝いている。“シング・ア・リング・ア・リング”と一緒に歌うのも素敵」。この歌は世界的に大ヒット、彼らの代名詞ともなった。

 その後も「プリーズ・ミスター・ポストマン」といったヒット曲を出していった彼らだが、次第に暗雲が立ち込める。’75年になるとカレンが「神経性食欲不振症」にかかってしまう。’79年にはリチャードの健康問題が浮上し、デュオとしての活動を休止。’80年にカレンは結婚するものの、結婚生活が破綻。そして’83年に彼女は他界してしまう。

 だが、カレンの歌声、リチャードのメロディは不滅だ。

文・桑原亘之介

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