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【洋楽を抱きしめて】産業ロックがどうした! フォリナーの『4』が好きなんだ!

『4/フォリナー』 (ワーナーミュージック・ジャパン)
『4/フォリナー』
(ワーナーミュージック・ジャパン)

 一部の評論家たちから商業主義に堕した産業ロックの代表格であるとの誹りをうけたバンドの一つ“フォリナー”。しかし、私は何と言われようとも我々の青春時代のBGMとして鳴り響いていた彼らのロック・ナンバーの数々が好きだ。

 フォリナーは1970年代後半に活動を開始した。中心メンバーは、ギター=シンセサイザーのミック・ジョーンズ、同じくギターとシンセサイザー担当の元キング・クリムゾンのイアン・マクドナルド、ボーカルのルー・グラムら。彼らはデモテープをレコード各社に持ち込み、デビュー前から「スーパーグループが誕生へ」と盛り上がりを見せていた。

 英米の腕利きミュージシャンが結成したグループであることから、バンドはフォリナーと名付けられた。’77年にデビューアルバム『栄光の旅立ち(Foreigner)』をリリース。シングルカットされた「衝撃のファーストタイム(Feels like the first time)」と「冷たいお前(Cold as ice)」が大ヒット、アルバムも全米売り上げ500万枚を突破する。

 ’78年発表の第二弾アルバム『ダブル・ビジョン』の大成功がバンドをさらに後押しする。シングル「ホット・ブラッデッド」が全米3位、表題曲「ダブル・ビジョン」が全米2位を記録する。順風満帆であったフォリナーだが、 ’79年の第三弾アルバム『ヘッド・ゲームス』では勢いが鈍る。シングルカットされた2作ともトップ10入りを逃してしまう。

 その一因は「ヘッド・ゲームス」のアルバム・カバーにあるといわれた。10代のセックス・クイーンが男便所で落書きをしているカバーを理由に、敬虔なキリスト教徒が多い米国の「バイブル・ベルト」という地帯から締め出されてしまったのだ。
 困難に打ち勝つべく、彼らが制作・発表したのがアルバム『4』である。

 ミック・ジョーンズは語る「バンドにとって重要な時だった」「私たちは個人的にもプロフェッショナルとしても多くのドラマを潜り抜けてこなければならなかった。私たちは音楽を新たなる安定期に持っていかねばならなかった。フォリナーは『4』でそれが出来たのだと思う」「私にとって、楽曲やバンドは『4』で新しい領域に入ったのだ」。

 実際に、楽曲作りで主導権を握ったミックとルー・グラムに対して不満を持ったイアン・マクドナルドとアル・グリーンがバンドを脱退したのだ。4人編成となったフォリナー。

 デビューからの3作に比べて、ハードな方向に舵をとったアルバム『4』。それは共同プロデューサーにAC/DCなどを手掛けたロバート・ジョン・ランジを迎えた影響もある。

 オープニングを飾る「ナイト・ライフ」、「ジューク・ボックス・ヒーロー」、文字通りサウンドに切迫感のある「アージェント」も聴きどころだ。

 そして全米チャートで10週連続2位を記録した「ガール・ライク・ユー」(Waiting for a girl like you)。ミックによれば「ラジオが“パワー・バラード”と名付けた最初の曲のひとつだよ」。

 アルバムは全米10週連続1位、売上1500万枚以上、フォリナーの代表作となった。

文・桑原亘之介

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