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【コラム 映画再見】④ 身近な「死」について考える『昔々、アナトリアで』

(c)ZEYNO FILM
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 アナトリア、という地名が特別な響きを持っている。国名でも特定の州や県でもなく、境界線のあいまいな地域、あえて言うなら小アジア。このあいまいさが、人知の及ばない出来事や存在の輪郭を浮かび上がらせる。2011年、カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した、映像美と哲学が詰まった作品だ。トルコとボスニア・ヘルツェゴヴィナの合作で、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督がメガホンを取った。

 起伏のあるアナトリアの、大草原の夜が前半の舞台。闇の中で連なる車のヘッドライトや、遠方を通り過ぎる列車の光は、人間の存在そのものの卑小さを写し撮ったように小さい。殺人事件で埋められた遺体を探し、あいまいな犯人の言葉だけを頼りに広大な草原を移動する警部と検事、医師たちは、この壮大な景色に翻弄されているようにすら見える。疲れ切って立ち寄った村で夕食をとるが、過疎地の村長が話すのは共同墓地の整備について。どこに行っても死の話題からは逃れられない。

 捜索中に木から落ちたりんごが斜面を転げ落ち、小川で止まる様子、検事と医師が言葉少なにそれぞれが抱える傷を吐露する静かな時間。「人は誰かを罰するために命を絶ったりするだろうか?」という検事に、「ほとんどの自殺は人を罰するためではないですか?」と答える医師。その一コマひとコマに、見る者が解釈する自由な幅が与えられている。

 疫病の蔓延で、歴史や物語の中だった出来事が目の前で繰り広げられ、遠かったはずの「死」が身近になっている今、自然と共に、ではなく、結局は自然の懐の中で生きるしかないという諦観が、哀しいほど際立って伝わってくる。死者がいて悲しみに打ちひしがれても、それでも人は日常に帰っていかねばならない。解剖の所見で医師がつく「嘘」が重く、優しい。

Text by coco.g

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