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【コラム】ベルルスコーニが醸す「空虚」の危険な魅力 映画『LORO 欲望のイタリア』

(C)2018 INDIGO FILM PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA
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 イタリアのベルルスコーニ元首相をモデルに描いたこの作品には、「空虚」という修飾が似合う。女性問題から脱税、マフィアとの癒着まで、スキャンダルで名を馳せた彼のイメージの映像化であると同時に、人の欲望と孤独、政治と市民生活の隔たりという普遍的な事柄を、名匠パオロ・ソレンティーノ監督ならではの強烈な映像で紡いだ157分だ。

 5年間首相を務めたベルルスコーニが2006年、左派連合に敗北していったん表舞台から退いた期間が物語の基軸。メディアからサッカーチームまで支配する彼のエネルギーは、失脚中といえども衰え知らず。サルデーニャ島の豪華な別荘にいる彼の目を引き成功しようとする青年実業家は、毎夜女性たちを集めてパーティーを開く。愛人とされた下着モデルや、高級コールガールとの政治的取り引き、彼女が公開した録音テープで露呈した会話など、実話を彷彿(ほうふつ)とさせる場面が次々。そのどうにも猥雑な空気が流れる前半、目を背けたくなるようなその金満が醸し出す空虚が、後半次第に重みを増していく。

 情事に寛容といわれるイタリアでも、さすがに堪忍袋の緒を切って離婚した元妻ヴェロニカとのやり取りは、どこまでも”自己中”な夢を追う男と、現実を生きる女の落差を浮き彫りにする。そんなベルルスコーニがなぜ返り咲き、“テフロン首相”と異名をとるほど逆境に強いのか。彼が偽名を使って電話で不動産を売り込む場面は、その疑問に答えているかもしれない。あまりに空虚でありながら引き込まれるその話術は、あまりに非常識であるがゆえに、その大胆さに賭けてみようと思う心理を掘り出しているように見える。

 ベルルスコーニの不可解な強さを描いたこの電話のシーンと対照的なのが、地震で崩れた教会からキリスト像が救い出される場面。作品のタイトル「LORO」はイタリア語で「彼ら」という三人称複数だが、これが誰のことを指しているのかが終盤、ようやく判明する。海の波の音だけで、音楽がないエンドロールの重さと「LORO」の主体が、イタリアの苦境をあぶり出している。

 トニ・セルヴィッロの張り付いたような笑顔が、どう見てもベルルスコーニにしか見えなくなってくるのは、やはり公開中の『永遠の門 ゴッホの見た未来』で、ウィレム・デフォーがゴッホにしか見えなくなってくるのと同じ。しばらくはこの顔が頭から消えそうにない怪演だ。

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