生活情報のコラム

車いすラグビーから広がる「共生社会」 カナダ代表を迎え交流深める三沢市民

公開試合で激しくぶつかり合う日本の池崎大輔選手(左)とカナダのザック・マデル選手。両国のエース同士が本番さながらの火花を散らす(7月8日、青森県三沢市国際交流スポーツセンターで)
公開試合で激しくぶつかり合う日本の池崎大輔選手(左)とカナダのザック・マデル選手。両国のエース同士が本番さながらの火花を散らす(7月8日、青森県三沢市国際交流スポーツセンターで)

 日がまだ十分に明るい7月7日夕刻、八戸駅から青い森鉄道で三沢駅に向かう。およそ20分で列車は三沢駅に到着、降車ドア口に立っていた大柄な外国人に続いて降り、タクシーに乗り込む。前を走るタクシーの後部座席に先ほどの外国人の後ろ姿が見える。

“国際都市”三沢

 米軍基地のある青森県三沢市は人口約4万人。うちおよそ8千人が基地関係の米国人、軍属およびその家族だという。市発行の観光パンフレットには「異国情緒漂う国際都市」の文字が踊る。

 宿泊ホテルで荷を解き周辺を散策。“元祖バラ焼き”の看板に引かれ、飲食店「赤のれん」の“のれん”をくぐる。

 バラ焼きは、特製のタレを絡めた山盛りのタマネギとバラ肉を鉄板で焼くシンプルな料理。赤身中心の牛肉を好む米軍人が、赤身以外の内臓やバラ肉を安く払い下げたことで、戦後三沢に広がった食文化だそうだ。

 タマネギと肉のこんもりとした“ヤマ”が、鉄板でジュー、ジューと小気味よい音を立てる。ヤマからうっすら煙が立ち始める。

 座った位置から順番待ちの客の姿が見える。急ぎ気味に山盛りのどんぶり飯とともにバラ焼きをかきこみ、満足感とともに店を出る。すっかり日は暮れている。

 翌7月8日は、米軍基地絡みの国の補助金・交付金を活用して整備した三沢市“国際交流”スポーツセンターで合宿するカナダの車いすラグビー代表チームを訪ねる。来年の東京オリンピック・パラリンピックでの活躍が期待される鳥海連志(ちょうかい・れんし)選手が所属する車いすバスケットチームの練習を見学したことはあるが、生の車いすラグビーを見るのは初めてだ。

車いすラグビーの激しい競り合い。
車いすラグビーの激しい競り合い。

 日本代表チームとの公開試合も行われる。カナダ、日本とも世界の強豪チーム。2016年のリオパラリンピックでは銅メダルを賭け3位決定戦を戦ったライバル同士だ(このときは、52対50の僅差で日本が競り勝ち銅メダルを獲得した)。
 車いすバスケから激しいぶつかり合いを想像し、高まる期待を静めて布団にくるまった。

肌で知るカナダの多様性と社会的包摂力

車いすラグビーの基本ルールを生徒に説明するカナダの選手(手前右)。
車いすラグビーの基本ルールを生徒に説明するカナダの選手(手前右)。

 翌7月8日午前10時すぎ。可動席を合わせると最大1,800人余りの観覧席を誇る三沢市国際交流スポーツセンター・メインアリーナに、カナダ国旗と同色の赤いポロシャツ姿のラグビーカナダ代表の選手ら約20人が続々と姿を現す。ほぼ同数の黒いシャツ姿の車いすラグビー日本代表も続く。

 さらに近隣の青森県七戸町の七戸中学校2年生54人と七戸養護学校中学部の生徒35人も入場し、一気ににぎやかになる。ライバル同士のカナダ、日本の両代表チームが“合同”で、車いすラグビーの楽しさを中学生に教える珍しい「体験会」が始まった。

 生徒たちは車いすラグビー初体験。100人近くの生徒は5つのグループに別れ、両国の代表選手からルールや競技用車いすの構造など、車いすラグビーの基本事項の説明を受ける。

 車いすラグビーは「四肢まひ者らが、チームスポーツを行う機会を得るために1977年にカナダで考案され、欧米では広く普及している車いすによる国際的なスポーツ」と日本車いすラグビー連盟(JWRF)のホームページは簡潔に定義する。カナダは車いすラグビーの“母国”。その国の選手に、車いすラグビーとそれを生み出したカナダ社会の「根底にある考え」を教えてもらえるのだ。生徒にとっては貴重な1日になるだろう。

 

 試合は4対4で行う。コートの広さはバスケットボールと同じ。10秒以内のドリブル、パスを条件にボールを膝の上に置くなどして運ぶ事ができる。

車いすラグビーのボール。
車いすラグビーのボール。

 ボールは楕円でなくバレーボールと同じ球形、前方パスはOK、ゴールポストはない、などが一般のラグビーと異なる部分だ。ボールを持った選手が相手エリアのゴールラインを越えれば1得点。1ピリオド8分の計4ピリオドで合計得点を競う。

 選手が体を預ける車いすは攻撃用と守備用で構造が異なる。守備用車いすには、相手の車いすを止めるために農機具のくわを上に向けたような形のバンパーが前に突き出ている。動物の“角”のような役割を果たす。ゴール前での小回りが必要な攻撃用には、角はない。

 以上のような一通りの説明を終えると、選手は車いすに乗り、2台の車いすを面と向かってぶつけ合うプレーを披露。金属と金属がぶつかる鈍い衝突音が館内に響く。生徒の多くは驚きの声を上げる。「マーダーボール」(殺人球技)と呼ばれる車いすラグビーの別名は“だて”でない。

車いすをぶつけ合い、衝突の激しさを体感する七戸養護学校中学部の本田悠登さん(右)。
車いすをぶつけ合い、衝突の激しさを体感する七戸養護学校中学部の本田悠登さん(右)。

 衝突音に耳が慣れたところで生徒は実際に車いすに乗り、友達同士で車いすの“ぶつけ合い”を体験する。衝突音だけでなく、振動を体で感じる。七戸養護学校中学部の本田悠登さん(15)は「最初は緊張したけど、とても楽しかった。また体験したい」と満足気だ。

 選手と一緒に参加したミニゲームでは、生徒は屈託のない笑顔で、車いすの操作に悪戦苦闘しながら、コートを動き回る。ボールを落としたり、取り損ねたり、全く違った方向に投げたりと思い通りにいかない。競技の難しさを知る。車いすの車輪を動かす一方でボールを扱うのは生徒にとって至難の業だ。七戸養護学校中学部の木村心大さん(15)は「車いすを動かすことは難しく、それを軽々動かす選手にびっくりした」と語る。

カナダチームのスタッフ(中央)とポーズを決める七戸養護学校中学部の本田悠登さん(右)と木村心大さん。
カナダチームのスタッフ(中央)とポーズを決める七戸養護学校中学部の本田悠登さん(右)と木村心大さん。

 時折プレーのお手本を示すカナダ、日本の両選手を見る生徒の目は、体験会の前とは明らかに異なる。尊敬のまなざしだ。生徒を代表して体験会の最後にあいさつした七戸中2年の柔道部副部長・田栗彩音さん(13)は「手や足が不自由なのに、すごくうまくラグビーをやっているのがすごい。今日はありがとうございました」と元気な声で感謝の言葉を贈る。

マイクを持ち、車いすラグビー選手(手前)に感謝の言葉を述べる七戸中2年の田栗彩音さん(中央)。
マイクを持ち、車いすラグビー選手(手前)に感謝の言葉を述べる七戸中2年の田栗彩音さん(中央)。

 この日生徒たちが教わったのは車いすラグビーの競技そのものだけではない。カナダチームの選手やコーチ、スタッフと交流することで、その言動の端々から車いすラグビーを生み出したカナダ社会の背景にも関心を抱いたはずだ。個々人の多様性を認め、すべての人が潜在的に有する能力をフルに発現できる「包摂的な社会」を目指すカナダ社会の力強さを―何となくでも肌で感じたのではないだろうか。

公開試合で車いすが倒れ自力では起き上がれない選手を起こすカナダチームのスタッフ。人生には誰もが助け、助けられる場面がある。過度の「自己責任論」の強調は、包摂的な社会と異なり、社会を息苦しく寒々としたものにする。
公開試合で車いすが倒れ自力では起き上がれない選手を起こすカナダチームのスタッフ。人生には誰もが助け、助けられる場面がある。過度の「自己責任論」の強調は、包摂的な社会と異なり、社会を息苦しく寒々としたものにする。

 多様性を認めるカナダの包摂的な社会を目指す姿勢は、移民の受け入れに対するカナダのトルドー首相の有名な発言にもその一端がうかがわれる。

 世界の首脳の中で、ドイツのメルケル首相と並んで移民受け入れに積極的な姿勢を示したトルドー首相。タウンミーティングで会場からイスラム教徒の移民受け入れについて問われた際「カナダは先住民に受け入れてもらった移民によって建てられた国だ」と建国の歴史を強調した上で「われわれはカナダの移民制度に自信を持っている。移民をただ受け入れるだけでなく、移民が社会に溶け込み、国、地域で成長、成功できるよう支えている。“多様性”こそが、われわれカナダを強くしている」ときっぱり答えている。

 トルドー首相の発言はもちろん、直接言及した移民にとどまらない射程を持っている。人種、宗教、性別、障がい…などを壁にしない、大きな包摂性を意味しているはずだ。

 元カナダパラリンピック委員会会長で、今回カナダ車いすラグビー連盟会長として代表選手団を率いて三沢市を訪れたローレル・クロスビーさんは、カナダ社会の中で教育者として障がい者スポーツの普及に努めてきた1人。

生徒との交流を楽しむカナダ車いすラグビー連盟会長のローレル・クロスビーさん(左から2人目)。隣の男性は夫のジョン・クロスビーさん。生徒全員にプレゼントしたシールを手に持っている。
生徒との交流を楽しむカナダ車いすラグビー連盟会長のローレル・クロスビーさん(左から2人目)。隣の男性は夫のジョン・クロスビーさん。生徒全員にプレゼントしたシールを手に持っている。

 カナダ選手と中学生の交流を柔和な笑顔で見つめるクロスビーさんに、包摂的な社会を築く上で大切なことは何か、端的に聞くと「カナダでは子どものころから、お互い多様性を認め合う包摂的な社会は当然という意識で育っている。教育の中で包摂的な社会の価値と意味をきちんと伝えている」と語った。

 クロスビーさんは今回、「三沢市の教育関係者の方々と包摂的な共生社会について語り合うこと」を楽しみにしている、という。海外のパラリンピックチームの事前キャンプを受け入れることは、日本の障がい者スポーツ、障がい者を取り巻く日本社会の在り方を見つめ直す大きなきっかけになる可能性を秘めている。

体験会の最後に円陣を組んで締めくくるカナダ、日本の両代表チームと生徒たち。
体験会の最後に円陣を組んで締めくくるカナダ、日本の両代表チームと生徒たち。

 体験会に参加した日本車いすラグビーのアシスタンコーチ・三阪洋行さんは言う。
 「障がいがあっても選手たちはすごい人たちなんだということを知ってほしい。この三沢市国際交流スポーツセンターは障がい者が車いすに乗ったままシャワーを使えるバリアフリーの進んだ国内でも有数の施設だ。施設・ハードのバリアフリーだけでなく、障がい者と健常者がお互いを理解し認め合うための“人と人の間のバリアフリー”がもっと進んでほしい」

カナダ代表チームのメンタルコーチ、サマー・クリスティーさん(右)に積極的に話しかける生徒。
カナダ代表チームのメンタルコーチ、サマー・クリスティーさん(右)に積極的に話しかける生徒。


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