生活情報のコラム

自分と向き合うその先に 舞台のような映画『ともしび』

2017 (C) Partner Media Investment - Left Field Ventures - Good Fortune Films
2017 (C) Partner Media Investment – Left Field Ventures – Good Fortune Films

 あなたのために何でもやってきた。最初からこんな人間だと分かっていたら何もしなかったのに。私の時間を返して――そう叫んで地下鉄を下りていく女性。その視線の先にいるだろう男に一瞥をくれるアンナを演じるのはシャーロット・ランプリングだ。作品の中でアンナはほとんど語らない。周囲の出来事やモノが、すべてのメタファーになっている。公開されている映画『ともしび』は、夫のために尽くした長い時間に裏切られ、自分は本当に必要とされていたのだろうか、自分自身を生きてきたのだろうかと心の闇をのぞくすべての女性たちの心をさらっていく。

 夫婦が食卓で静かに食事をとる。だが交わされる言葉がない。平穏に過ぎていくように見える時間の底に、鉛のように重い何かが沈殿しているのが分かる。その日常に小さな亀裂が走った後、アンナは従前の生活を取り戻そうと必死になるが、その意思に反してすべてはガラガラと音を立てて変化していく。花瓶に花を生け、飼い犬に餌をやり、いつものようにプールに通う。だが、花は枯れ、犬は食べるのを拒み、プールの会員証は無効になってしまうのだ。日常的な出来事として通り過ぎるべきそれらの事実が、夫の犯した罪と、おそらくはアンナ自身が「自分」を生きてこなかったという果てしない後悔の念に収斂していく。そして夫が隠していた写真を偶然見つけた瞬間、アンナの中で積み重ねてきたもの、耐えてきたものがすべて崩壊する。

 アンドレア・パラオロ監督は、ディレクターズノートの中で「献身といった思いに囚われ、不安や依存によってがんじがらめになってしまった、現実から目をそらす女性の悲痛な内面を描いています」と述べている。

 それでも、夫と過ごしてきた長い時間を後悔だけで塗りつぶせば、自分の人生そのものを同じ後悔の色で染めることになる。浜辺に打ち上げられた鯨の死体を見に行くアンナの足取りには、従前の日々との決別を秘めた意思が見える。

 地下鉄の長い階段を下りるアンナの後ろ姿に、観客一人一人が感じる希望の大きさはさまざまだろう。だが、ほとんど台詞がなく、その表情と手の動き、歩き方、鏡や地下鉄の窓に映る姿だけで絶望や孤独を十二分に語る、まるで舞台を見ているようなシャーロット・ランプリングの演技は、間違いなくすべての人を虜にするはずだ。

(coco.g)


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