生活情報のコラム

ピアニストになったボクサー 広げた“拳”の先には鍵盤が

誰もが自由にピアノが弾けるバー「ウルヴァリン」に置かれている“弾き人”を待つヤマハのグランドピアノ
誰もが自由にピアノが弾けるバー「ウルヴァリン」に置かれている“弾き人”を待つヤマハのグランドピアノ

 無名のシルベスター・スタローンを一躍スターにした映画「ロッキー」(日本公開1977年)。脚本はスタローン自身が3日間で書き上げ、どんなに大金を積まれても自身の主演を認めない限り、ハリウッド資本に売り渡すことはしなかった。ロッキー同様、スタローンもこの一作に人生の“一発逆転”を賭けていた。

 物語は絶対王者のアポロが、ヤクザの下働きでくすぶるロッキーを対戦相手に指名することから始まる。無名の貧乏ボクサーにアメリカンドリームの機会を与える“偉大なチャンピオン像”を演出するアポロ側の打った一芝居だったが、ロッキーは実力差などお構いなしに、人生の泥沼からはい上がる「一生に一度のチャンス」として、血のにじむ練習を重ねてリングに上がる。

 映画のラストは、ビル・コンティの雄壮なテーマ曲が最高潮に達する中、試合には負けたが“人生の賭け”に勝ったロッキーが、愛するエイドリアンをリング上で抱き締めて終わる。

 お茶の間のロードショー解説で親しまれた映画評論家・荻昌弘さんは「人生、するか、しないか、その別れ道で、“する”という道を選んだ勇気ある人々の物語」と見事なロッキー評を残した。そう、人生はするか、しないか――。無数の分かれ道で下した選択が織りなすその人限りの「作品」である。

 ロッキー公開から40年後の2017年、今藤文也さん(28)はプロボクサーからピアニスト兼ピアノバーのオーナーに転じる選択をした。生涯戦績13戦8勝2敗3分。スーパーバンタム級の有望選手として鳴らしたプロボクサーのごつごつした“拳”は窮屈なグローブから解き放たれて羽根を伸ばし、鍵盤の上をなめらかに行き来する繊細な指先に変わる。

 昭和歌謡界に屹立(きつりつ)する巨人・阿久悠さん作詞のヒット曲「もしもピアノが弾けたなら」(1981年、唄・西田敏行)は、「もしもピアノが弾けたなら、思いのすべてを歌にして、君に伝えることだろう…」で始まる。今藤さんも4年前、好きな彼女に思いを伝えるため、初めて鍵盤に触れた。ロッキーがエイドリアンに愛を伝えるため「必敗のリング」に上がったように…。

 まったく独学の3カ月の猛特訓で、ジブリ好きの彼女の誕生日に、「千と千尋の神隠し」で流れるピアノ曲「あの夏へ」(久石譲作曲)を演奏する。今藤さんは“もしも…”を実現してしまったのだ。

 以来、ピアノの魅力にはまった今藤さんは2017年12月14日、気軽に誰でもピアノが弾けるバー「ウルヴァリン」(大阪市東心斎橋1-15-11、日宝周防町エレガンスビル3階)を開いた。ゆったりとくつろげる居心地の良いこぢんまりした店内に、スポットライを浴びたヤマハのグランドピアノが輝いている。

ピアノを弾く今藤さん。
ピアノを弾く今藤さん。

 「もしも…」に並ぶ阿久さんの傑作「時代おくれ」(1986年)は、河島英五さんがピアノの弾き語りで無駄口一つきかない「語らぬ男」の胸のうちを静かに歌い上げる。人生の深淵をわしづかみする阿久さんの詩の力と河島さんの渋く優しい声、ピアノの穏やかな旋律がお互いを高めあって調和する。年に一度しか酔っ払わない“時代おくれの男”をやさしく包み込む子守唄のような静謐(せいひつ)な響きがある。

 ウルヴァリンのピアノは、お客さんも弾くし、マスターの今藤さんも弾く。グラスを傾けながら静かに聴くもよし、グラスを置いて楽しく弾くもよし。さらに映画「カサブランカ」のボギーやイングリッド・バーグマンのように「Play it」と好きな曲をリクエストするもよし。

 バーを経営しながらピアノの腕をいまも磨く今藤さん。鍵盤に向かう寡黙な横顔の雰囲気がどことなく河島さんに似ていなくもない。いつか「Play jidai okure !」とリクエストされた時にさっと演奏できる「人の心を見つめつづける時代遅れの男」になってほしい。


K.K. Kyodo News Facebookページ

ニュース解説特集や映像レポート、エンタメ情報、各種イベント案内や開催報告などがご覧いただけます。

第98回天皇杯 トピックス

準々決勝のキックオフ時間と試合会場が決定

天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会 準々決勝(10月24日開催)のキックオフ時間と試合会場が下記の通り決定した。 ◆天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会 準々決勝 マッチスケジュール  10月2 … 続きを読む

ふるさと発見 新聞社の本
DRIVE & LOVE
11月11日はいただきますの日
野球知識検定
キャッチボールクラシック
このページのトップへ