生活情報のコラム

【インタビュー】「シングルファーザーやがん患者支援の現状、発信したい」 「笑顔のママと僕と息子の973日間」を出版、元読売テレビキャスター・清水健さん

 第1子長男の誕生後3カ月で、最愛の妻を乳がんで亡くした元読売テレビキャスターの清水健さん。妻・奈緒さんが亡くなってからの子育ての様子や仕事のこと、がん撲滅、がん患者や家族支援の活動についてつづった「笑顔のママと僕と息子の973日間」(小学館)を、2017年10月に出版した。清水さんに、シングルファーザーとしての子育てや活動などについて聞いた。

2017年12月9日、大阪市の清水健基金事務局にて
2017年12月9日、大阪市の清水健基金事務局にて

■決して泣かなかった妻

 結婚1年9カ月、第1子長男を出産後3カ月の2015年2月に、元読売テレビキャスターの清水健さん(41)の最愛の妻・奈緒さん(享年29)が亡くなった。奈緒さんに乳がんが見つかったのは、妊娠が判明後。「医師ともたくさん話し合って手術をした時点では、確認できる範囲でリンパへの転移が無かったので、『大丈夫だ』、『3人で生きる』と妻と抱き合って喜びました」。手術後の奈緒さんはとても元気で、「息子が生まれてきてくれる、本当に幸せな期間でした」。しかし、長男を出産後1週間での転移判明。「『こんなことあっちゃいけないだろう』って、奈緒の顔を見られませんでした。情けないけれど、僕は先生方の前で大泣きしてしまいました」。奈緒さんは、3人家族になった3カ月後、清水さんたちの横からいなくなってしまった。

 「何で奈緒がいないんだろう。何で奈緒だったんだろう。そして、何で奈緒はあんなに強かったんだろう」―。もうすぐ3年になる今でも問い続けている。病気が分かってから決して涙を見せなかった奈緒さん。亡くなる前の自宅療養中、奈緒さんは5メート離れたベッドの上から清水さんに、「体温計取って」とLINEを送ってきた。起き上がることも声を出すこともできないほどつらくても、「しんどい」と口に出さず、「絶対生きるんだ」という思いを貫いた。「僕や家族がどう思うかということを、一番に考えていたんだと思います。でも、人間はそんなに強いわけがないと思うんですよ。僕がいないときには泣いていたのかもしれない。もっと一緒に泣いてあげればよかったと思うことがあります。奈緒がそれを望んだかどうかは分からないんですけどね」。

2015年正月、奇跡的に行くことができた親子3人での沖縄・竹富島旅行
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■キャスターを辞め、講演活動と「清水健基金」の運営に専念

 奈緒さんが亡くなった後、キャスターという仕事と育児のはざまで激しく葛藤する心の動きが、「笑顔のママと僕と息子の973日間」につづられている。「最終的に、20kg近く体重が減りました。表情もすごく険しかったんでしょうね。正直、息子が僕になかなか近づかない時期もあり、すごく申し訳なかったです」。キャスターを辞める決断をし(2017年1月、読売テレビを退社)、がん撲滅、がん患者や家族支援の活動に専従する生活に、かじを切った。キャスター時代に設立した「一般社団法人 清水健基金」(事務局・大阪市)の運営と、この1年で150回を超えた講演活動、そして、3歳になった愛息の子育てに奮闘している。キャスター時代より忙しい面もあるが、「息子との朝の一緒の時間や、夜一緒にお風呂に入ったりする時間を大切にしています。将来大きくなったときに、『あのとき、寂しい思いをさせてごめんな。おまえなら分かってくれるよな』って、自分のやっていることに誇りを持って言えるようなパパでいたい」。

 講演でマイクを握り、自身の体験を話す中で、「あのとき、奈緒にこうしてあげればよかった」と後悔が押し寄せたり、思いが言葉にならない時もある。「前もって、話す内容を決めているわけではありません。舞台に上がって皆さんのお顔を見て話しながら、その時その時で変えていくようにしています。言葉に詰まることもあるけれど、ありのままの僕を見ていただけたらいいのかなと」。講演後には必ず、限られた時間でもひとりひとりと言葉を交わす時間を設けている。「つらい状況と向き合ったり闘ったりしている人々の多さに圧倒されました」。年上の男性から「僕の妻が乳がんです。初めて言えました」と吐露されたこともある。「僕には病気を治すことはできないけれど、少しでも、心と心の会話を続けていきたい。大変な状況に置かれている人たちにも、あえて『大丈夫』という願いを伝えたい。『頑張れ』ではなく、『一緒に頑張っていきましょう』と言いたいです」。

 「病気仲間が話せる場所、今闘っている者同士が心を開ける場所がなかなか広がらないんですよね…」。小児がんでわが子を亡くしながら今小児がんで闘っている子どもたちの支援をしている方々、病気の子のきょうだいの支援をしている方々、など、いろいろな団体に足を運んで活動上の課題などを聞いている。一般社団法人清水健基金も寄せられる寄付によって運営しているが、「清水健基金として、パンフレットの作成費用や、物品の販売場所確保の費用などをご支援することで、その団体様の活動の認知度が高まり、支え合う仲間が増えてほしい。活動を知らせていくのは大変です。声を上げるお手伝いをし、『こんな活動があるんだ』ということを多くの方々に知っていただければと思っています」。

1年間で150回を超えた講演活動
1年間で150回を超えた講演活動

■進まないシングルファーザーへの支援

 シングルファーザーへの支援が進んでいないという現実にもぶち当たった。「例えば、家族手当は妻が亡くなったら会社の規定で外されます。でも逆に経済的には、例えばベビーシッター、保育園の長時間の利用などでもお金がかかるわけですよね。僕にはありがたいことに、サポートしてくれる母親や姉家族がいてくれるけど、身内を頼れず、緊急事態にどうしていいか分からない方がいっぱいいらっしゃる」。

 新潟での講演後、参加者の男性が「俺も16年間シングルファーザーなんだ。つらかったよ」と清水さんの手を握って涙を流し、「大丈夫だから」と清水さんを抱きしめた。「心と心の会話ができた、そう思えた瞬間でした」「その方も今まで、しんどかったことや悔しかったこと、おかしいと思ったことがいっぱいあると思うんです。『男だから』『稼いでいるんだから』と考えられていることもあってか、まだ制度には抜け落ちてしまっているところがあるんですよね。僕自身がシングルファーザーをやっていてそう感じています。そういうところをきちんと考えていくことが必要かなと思います」。「男って、僕がそうであるようになかなか言葉に出せない。プライドもあって。でも、だからこそ、今の僕は何を言われてもいい、いろいろな声を拾って、シングルファーザーにはこういう現実があるんだということも発信していきたい」。

「講演会での出会いを大切に、いろいろな声を拾っていきたい」 (清水さん)
「講演会での出会いを大切に、いろいろな声を拾っていきたい」 (清水さん)

■妻が与えてくれたもの

 「病気を治して元気になる」ということを諦めていなかった奈緒さん。わが子に残した手紙などはない。「看護師さんに『今の病状をしっかり伝えて、ちゃんと奈緒さんから息子さんに残せるものを残した方がいいですよ』と言われたこともあります。でも僕は、奈緒が死を想定してそういうものを残していたらつらかったと思います。そんなこと思ってもほしくなかったし、それが僕ら家族でした」。1つ、奈緒さんらしいものが残っている。妊娠中に生まれてくるわが子を思って作っていたよだれかけだ。「ボタンが付いているのと、まだ付いていないのがあるんです。抗がん剤治療で体がしんどくて、ボタンを付けられなかったんですよね。いつか、ボタンが付いていないよだれかけを見て、その理由を息子が理解したときにどう思うのかなって。でも、『このときママはこんなふうに頑張っていたんだよ』って、ちゃんと説明してあげようと思っています」。

 家族3人の生活をつづった「112日間のママ」(2016年2月、小学館)は、「必死に書いた」本だった。「表紙の写真を指さして息子は、『ママ、ちっちゃい僕』って言うんですよ」。今回の「笑顔のママと僕と息子の973日間」は、「講演活動の中で感じたことをしっかり伝えるべきだと思って」書いた。「結果的に、息子に『これがお前のママなんだ』と2冊並べて伝えられるものができて、良かったかなと」。

 奈緒さんの“112日間”は、清水さんをしっかりと支えている。「今でも悩んだら僕は奈緒に相談するし、僕の都合で息子を叱ってしまったときにも、奈緒に『ごめんな』って言います。3人の写真の中の奈緒って、本当にママの笑顔をしているんです。それを息子によく感じてほしいです」。3人で写っている写真の中の奈緒さんは、体がしんどかったときも全部笑顔だ。「それが彼女の意地だったのだと思います。その笑顔に救われているし、僕の中で奈緒は生き続けています」。

写真の中の奈緒さんはいつも笑顔
写真の中の奈緒さんはいつも笑顔

■悲しみや苦しみの中にも、喜びがある

 ふとしたときに、心に痛みが走る。「幼稚園の説明会に行って、先生が『お母さんと一緒に折り紙をしましょうね』って言うと、ちょっと下を向いてしまう自分がいます。公園で、子どもが乗ったブランコをお母さんが押しているのを見て、『何で、奈緒いないんだろうな』って思ったり。幼稚園、小学校、その先、きっと節目節目で思うんでしょうね」。

 奈緒さんが亡くなり、もうすぐ3年。「悲しみを乗り越えられてなんかいません。つらいし、理不尽だと思うけれど、その気持ちに向き合い、そのまんま受け入れようと思っています」。大きな悲しみ、苦しみの中にも、喜びもあるということを知った。「息子が3歳の誕生日を迎えて、ともかく無性にうれしかったんです。もちろん1歳の時も2歳の時もうれしかったけれど、まだつらい気持ちに押しつぶされていた日々だったのかもしれません」。奈緒さんにも、ちょっと誇らしい気持ちで「ありがとうな。息子見てみろ、こんなに大きくなったぞ。本当におめでとう!」と伝えた。「ようやく、こんなふうに言えるようになりました。こんな経験は、しなくて済むなら絶対にしない方がいいに決まっているけれど、こんなあったかい気持ちに気づきました」。

■妻との対話、そして人生の最大の仕事は…

 3歳になった息子との遊びは、体力勝負。家の中でのかくれんぼやごっこ遊びが延々と続く。「『パパ、どーこだ! 探して!』『パパ、やられたー!って言って!』の繰り返し。かわいいけど、めちゃくちゃ大変ですよねえ」。マイクが付いたメロディーが流れる絵本もお気に入りだ。「マイクを持って『パパみたい』って言うんですよ。僕のやっていることを分かっているみたいで、すごくうれしいですね。2人で昔ながらの銭湯に行くのもすごく楽しくて。裸と裸で男同士の付き合いしているなあ、って感じがします」。

3歳を迎えた2017年秋の七五三参り
3歳を迎えた2017年秋の七五三参り

 自宅の部屋の一角に、「奈緒の場所」を作り、位牌(いはい)やお線香の周りを、3人の写真いっぱいで飾っている。その周りにさらに、父子の写真を足していく。「息子は僕の膝の上にちょこんと乗って、りんをチーンと鳴らして、『今日、こんなことがあったよ』なんてママに話しかけるんです。現実を理解しているかどうかはわかりません。でも、小さいなりに感じるものがあるのかな。そして本当に理解して、『ママは?』と言われたときに、僕はどういう表情でどういう言葉を掛けてあげられるのか。“伝える仕事”をしている僕の人生の中でも、一番大きな仕事だと思っています」。

 息子の笑顔を守るために、自分が笑顔でいなければと気付いた。つらくて時に立ち止まっても、目の前に現実があり、今という時は流れていく。「前を向くことも、頑張ることも、笑顔になることも、時には簡単じゃない。でも、僕たち3人にとって恥ずかしくない今を生きていきたいと思います」。        (取材・千葉美奈子)

「成長が楽しみ。伝えたいことがたくさんあるから」(清水さん)
「成長が楽しみ。伝えたいことがたくさんあるから」(清水さん)

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