生活情報のコラム

【スピリチュアル・ビートルズ】 「ノルウェーの森」というタイトルの謎

ノルウェーのほとんどの土産物屋には北欧神話の妖精トロールの人形が売っている。
ノルウェーのほとんどの土産物屋には北欧神話の妖精トロールの人形が売っている。

 ビートルズ中期の名曲「ノルウェーの森」(Norwegian wood)のタイトルを巡っては諸説唱えられてきた。マーク・ルイソン氏の「ザ・ビートルズ史<誕生>下巻」(河出書房新社)を読むと、もしかしたらジョン・レノンが彼らのメジャー・デビュー前に地元リバプールのファンの娘に発した言葉を思い出したのではないかと思われる記述に出くわした。

 それは1962年8月24日のキャバーン・クラブでのランチタイム・セッションにビートルズが出演した時のことだった。ファンの一人、リンディ・ネスは旅行先のノルウェーから帰ってきたばかりで、その日にジョンと会う約束をしていたのだ。

「ザ・ビートルズ史<誕生>下巻」(マーク・ルイソン著/河出書房新社刊)
「ザ・ビートルズ史<誕生>下巻」(マーク・ルイソン著/河出書房新社刊)

 リンディは、ジョンからお土産を頼まれていたので、木でできた北欧神話の巨人(妖精)トロールの人形を持ち帰ってきていた。実はその前日にジョンとシンシアは結婚していたのだが、それは秘密にされていた。しかし、リンディがお土産を持ってきたのを見たジョージ・ハリスンがジョンをからかって「ほかのお祝いと一緒に飾るのか」みたいな微妙な発言をする。

 それに対してジョンは「黙れ!」と怒鳴った。そして袋の中のリンディのお土産をジョンはじっと見つめて一言。「これは何?ノルウェーの木(Norwegian wood)?」。

 もしかしたらジョンは60年代半ばにこの曲を書いたとき、この件が頭によぎり「ノルウェーの木」という表現を使ったのではないかと思うのは考えすぎだろうか。

 このタイトルを巡っては、同名タイトルの小説を書き世界中で大ヒットさせた村上春樹氏が興味深い説を「雑文集」(新潮文庫)で紹介している。ジョージ・ハリスンのマネージメントをしているオフィスに勤めているあるアメリカ人女性から「本人(ジョン)から聞いた話」として、ニューヨークのとあるパーティーで村上氏が教えてもらった話である。

「雑文集」(村上春樹著/新潮文庫刊)
「雑文集」(村上春樹著/新潮文庫刊)

 「Norwegian wood というのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは”Knowing she would”というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味はわかるわよね?」そして村上氏が解説する「つまり、“Isn’t it good、knowing she would?” 彼女がやらせてくれるってわかってるのは素敵だよな、ということだ」。

 彼女は続けた、「でもね、レコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョンは即席で、Knowing she would を語呂合わせでNorwegian woodに変えちゃったわけ」。

 ジョン自身は80年のプレイボーイ誌とのインタビューで次のように語っていた。「当時ぼくは家の外でぼくが何をやっているかということを知られたくなかったのでね。ぼくはいつもあれやこれやの情事に関わっていたので、この曲の中でもぼくは煙幕をはって、情事を凝りに凝って描きたいと思った。特定の女性のイメージを思い描いたのかどうかぼくは憶えていない。なんでNorwegian woodが出てきたのかも、ぼくはわからない」。

 情事に明け暮れていたというジョン。その彼がシンシアという妻がいながら不倫をしていたということをカモフラージュしながら曲にしたわけだが、彼らの結婚式の翌日にファンのリンディが持ってきた「Norwegian wood」製の人形を、シンシアへの心苦しい思いとともに思い出したとも推測できるのではないか。

 ビートルズの「Norwegian wood」は日本では「ノルウェーの森」という邦題をつけられ定着した。村上氏の小説のタイトルも同邦題にちなんでいる。

 うまいタイトルだと思う。何せ正確に訳した「ノルウェー製の家具」では情緒も何もあったものじゃないと思うからだ。

『「ビートルズ!」をつくった男』(高嶋弘之著/DU BOOKS刊)
『「ビートルズ!」をつくった男』(高嶋弘之著/DU BOOKS刊)

 そんな世紀の「誤訳」をした本人はどう考えているのだろうか。東芝EMI音楽出版でビートルズの日本デビューをもしかけた高嶋弘之氏は著書『「ビートルズ!」をつくった男』(DU BOOKS)で、自身の英語力のなさが原因だとしている。

 でも世の中はおもしろいものだ。そんな高嶋氏は村上氏の神戸高校、早稲田大学第一文学演劇専攻の先輩だという。

 「いつか会ったら、『少しは印税、こちらに寄こせ』と言ってやるつもりだけど、恐らく彼は、『私のは“ノルウェー”じゃなく、“ノルウェイ”』と言うに違いない」。

(文・桑原亘之介)


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