【がんを生きる緩和ケア医・大橋洋平「足し算命」】足し算命、1000になる

2022年1月26日=1026
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算


地元から臨む2022年1月の鈴鹿山脈、例年よりもホワイトが多い

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▽元日に「1000」

本年2022年1月1日の元日は、ちょこっと複雑な心持ちで迎えた。複雑とは驚き、うれしさがこもごもなので。なんと「足し算命」1000日を達成した。正確に言えば、達成とは違う。これを目標にしてきた訳ではないからだ。いつもと同様に、日にちのただ「1」を足した結果、1000を迎えただけにすぎない。しかし己の中では1000という数字には少々意味がある。

足し算命、2019年4月8日にスタートした。本コーナーの題目でもある。初めてお目にかかる方もおられようから、少し解説させてくださいな。リピーターのあなたには同じ話をごめんなさい。

悪性腫瘍であるジスト(消化管間質腫瘍)を胃に患い、手術は成功したものの私のジストは悪性度が極めて高く、苦しい抗がん剤を9ヵ月間がんばった。にもかかわらず恐れていた転移が肝臓に出現。その日が2019年4月8日である。

転移を告げてくれた主治医に思わず余命を尋ねてしまったが、その後こう考えた。余命とはこれから生きられるであろう時間、例えば日数となる。しかし今日明日あさってと生きていけば、確実に1・2・3と減っていく。それがとても寂しいから、逆に生きた日数を数えることにしよう。これが足し算命だ。

余命は半年よりも1年、いや1年よりも3年と長ければ長いほど当人にはいい。医者だけやっていて、患者をやっていなかった時にはそう思っていた。残された時間が長いほど、何かをやり切ることができるから。しかし、たとえ余命の期間が3年×365日で約1000日を生きるとしても、その日数は999・998・997と減っていく。一方、足し算命では増えていくのだ。

それが積み重なって1000となった。「足し算命」を話題にする際に必ずと言っていいほど、1000という数字も引き合いに出していた。しかし私がまさか生きられるとは、当時もそれからも全く思い描けなかったモノである。驚きである、ホントに信じられへん。

▽1000を振り返る

さらに2022年1月1日が1000だなんて。偶然とはいえ、もうビックリだ。計算ずくで肝臓転移が判明した日を1としていたならば、オレは天才。いや策士かな。でもそんな賢い器やない、大橋洋平は。全くの偶然だ。どの日を開始とするか、候補日はいくつかあった。

突然の大量下血でがんが発覚した日。輸血を受けながら待ちわびた手術日。今後に期待を膨らませて退院した日。しかし手術後の詳しい検査により極悪の悪性度が分かった日。などなど。その中で最も滅茶苦茶に凹んだ肝臓転移を告げられた日を選んだ。がんと診断された時すでに転移が認められる患者の苦悩も相当だろう。初めからいわゆるステージ4のがんである。

しかし最初は転移が認められず、その後しんどい、がん治療を頑張ったにもかかわらずステージ4に進行してしまった患者の苦悩も負けてない。私がそうだ。手術の前後、抗がん剤治療の最中、どちらも本当に苦しかった。いや現在もがん治療を続ける身としては、いまも苦しいものだ。だから2019年4月8日、肝臓転移の日を足し算命「1」とした。

あれから1000日。この間もいろんな事があった。

体のどこかに「できもの」が現れれば転移じゃないかと気になる。自らの手で触れることのできる皮下にできたものを生検(できものの一部を取り顕微鏡で調べること、特に悪性の有無など)されたこと、一度ならずだ。仕事中(非正規で緩和ケア医としての職を続けている)、胸痛発作に襲われ、心臓の血管までも詳しく調べてもらったこと。夜間から明け方にかけて強烈な腹痛のため、人生初の救急車乗車体験。

コロナ禍において非常勤で働く緩和ケア病棟がコロナ病棟に転換され、失職ではないが減職させられたこと。この時初めて正規、非正規の避けられようもない差別、一方で働けることの大きなありがたさに気付かされた。楽しくはないけれど面白いことばかりや。そして1000日を迎えられたことは、やっぱり素直にうれしい。

昨年ほぼ同時期の鈴鹿山脈

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▽ひとつずつの「足し算命」

1000日を迎えて、ある友人が声をかけてくれた。今度は2000を目指してくださいと。うれしい応援だ。でも実のところそれは目指せない。あまりにも遠い大きなモノだからだ。それよりもっと近い小さなモノを、私は目標にしたい。それは何か・・・そうです、その通り。ひとつずつの「足し算命」。生きられる限りこれを続けていくぞ! 生きる形がどんな風であろうとも。

引き続き、応援どうぞよろしくお願いいたしまぁす。差し当たって今のところは、わが著「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)かな。
手に取っていただけましたら、とってもうれしいです。

(発信中、フェイスブックおよびYоuTube“足し算命520”


おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)、2021年10月「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。


このコーナーではがんと闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。

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