【コラム】可視化のしわ寄せ

 可視化は基本的にはいいことなんだろう。

 情報技術の発展によって、社会のさまざまな箇所で可視化、見える化が飛躍的に進んだ。

 ピザをオーダーしたら、ピザを載っけたバイクがいまどこを走っているかリアルタイムで表示してくれて、迷いがちな細い路地へ迷い込む様まで観察できた。まるでそれ自体が何かのアトラクションのようだ。

 腹が減っている人間は怒りっぽくなるけれども、実際いまどこをピザが走っているか分かればいらいらしなくなるし、理不尽な裏路地の迷宮を抜けてきたことまで目の当たりにしていれば、ねぎらいの言葉すら出てくる。

 けれども、そうは言っても…という分野もある。例えば、仕事している様子とか。

 先のピザの例ではないけれども、最初はGPSあたりから始まった。「これで外回りのときに、会社にお茶していることがばれてしまう」などと言い合っていたうちは笑い話だった。

 しかし、いまや私たちが日常的に使うオフィスソフトですら、ユーザの生産性を記録している。

 「この時間帯、ドキュメント作成が進まなかったみたいだけど、どうしたの?」

 (PS5の争奪戦に参加してたんだよ!)

 「昨日作ったピボットテーブルにはミスが多いね」

 (ボイスチャットしながら仕事してたからね!)

とかいうやり取りを、あまり上司とはしたくない。

 これ、真面目な人ほど追い詰められるだろう。上司の視線をものともせずにデスクにお菓子やお茶を広げながら仕事をするような人(私のことだ)はともかくとして、「評価される以上は、よい結果を出さなければ!」などと頑張ってしまう人は疲弊してしまう。

 ただでさえモバイル端末やリモートワークの普及で、仕事とプライベートの境界線が曖昧になっているのに、そのすべての時間で高い集中力を維持しようと言われたらくらくらする。

 で、これが大人だけならまだいいのだけれど(よくないけど)、子どもたちまで巻き込まれているのでちょっと心配している。

 日本の教育現場はよくも悪くもデジタル化が非常に遅れていた。それはあまりいいことではないけど、時間の感覚が昭和の時代を継承していたことは、子どもたちを守るバッファになっていただろう。

 先生とやり取りする連絡帳には、今でも紙と鉛筆が使われるのかと思うと、就職した後の状況との乖離に酩酊感を覚えるが、この方法なら何か指示されたとしても、返事は次の日だったり、その次の日だったりだ。ゆっくり対処できる。

 それがこのコロナ禍で一気にデジタル化された。学校側は色々な理由をつけて「紙の書類が正式」という態度を保っていたけれども、Google ClassroomやMeetが当たり前の標準装備になった。みんなが使い方に慣れてきて、教育効率は向上したが、負の側面も顕在化した。その一つがプライベートとの切り分けだと思うのである。上司が夜中や休日にメールを送ってきて、「げっ」と思うあの事象に子どもたちも対応しているのだ。

 紙の書類や教材を配布したとき、そこに間違いを発見したとして、訂正を発するのは次に学校で顔を合わせたときだった。でも、デジタルの教材や通知ならすぐに訂正することができる。

 それをやっている先生は、もちろん悪意があってそうしているわけではない。間違ったり、忘れたりしたのならば、すぐに直すのは誠実な態度である。先生自身も自分の時間を削って深夜に訂正文書などを出してくるのである。

 でも、それを受け取る方は、身構えていなければならない。「今日も宿題の範囲に訂正が入るかもしれない」と思って、寝る前にLMS(教育管理システム)をチェックする習慣がついた子もいる。

 それは社会人としては正しい態度なのかもしれないし、深夜に発出された文書なんて読んでいなくても読み手側の責任じゃないと面の皮厚くいくことだってできる。でも、教員と子どもの間には厳然とした力関係がある。真面目な子ほど、「読み落としがあると不利益があるかもしれない」とひやひやしてしまう。

 自戒も込めて、文書などを出す側は、電子版だからといってあまり気軽に深夜などにぽんぽん発信しないほうがいいかもしれない。

【筆者略歴】

 岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「ブロックチェーン」(講談社)、「いまさら聞けないITの常識」(日本経済新聞出版社)など。

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