【生産性を上げる会議術】第9回 イノベーション疲れのあなたに哲学を

■はじめに

 「最近、なんだかうまくいっていない。会社の売り上げは、なんとなく帳尻が合っているのだが、明らかに前より苦しくなってきている」「新規事業の取り組みも、新しい部門を設置してやっているがどうも頼りない。確かに最新の技術は取り入れており、多少の話題にもなったが、ビジネス化には全く結び付いていない」「アイデア出し、社内公募、オープンイノベーション、アクセラレーションプログラムなど、過去にもいろいろやっていたが、ビジネス化できなかった実績ばかりが積み上がり、そのうち誰も応募しなくなってしまった。今や新規事業部は、担当役員の思い付きを、中途半端に形にするだけの部門に成り下がっている」―。

 このような状況に苦しむ会社が増えてきているのではないだろうか。この状況を打開しようとして、際限なくアイデア出しの会議を始める前に、思考の作法を知っておくのがよいのではないだろうか。

 そこで今回は、哲学の知見を借りることとしよう。哲学は真理を追求する学問なので、必ずしもビジネスに役立つような内容ばかりではないが、参考になる部分も多い。

 中でも科学的発見がどのような思考過程を経て行われてきたのかを研究する科学哲学という分野は、新しいビジネスの発見を志している人にとっては多くの気付きが得られるだろう。

■科学理論の形成の流れ

 科学哲学の有力な説によると、科学理論の形成は次のような過程を経て行われるという。①仮説を設定する②その仮説を証明するために実験・観察可能な事象を洗い出す③実験・観察を行ってテストをする④その結果により仮説を受容、または、修正・破棄する―といった流れだ。

 ビジネスにおいても、仮説を設定して、それを検証し、大きく展開するか否かを決めるといったことはよく行われており、確かにその通りだとは思う。

 しかし、これだとどうやって仮説を発見すればよいのか、肝心なところが分からない。そこで、仮説の形成にフォーカスした研究も見てみよう。

■仮説形成の方法

 アメリカの科学哲学者チャールズ・パースによると、仮説の発見の過程においては、「アブダクション」という思考の様式が重要な役割を果たすという。

 アブダクションとは、帰納や演繹と並ぶ論理的推論の方法だ。演繹は、一般的な規則などから個別の事象を推論する方法で、帰納は個別の経験から一般的な規則を推論する方法だ。これに対しアブダクションは、ある事象に対して、それを最もよく説明できる仮説を形成する推論の方法だ。

 帰納と似ているが、帰納は規則を推論するのに対し、アブダクションではそれを説明できる仮説を推論する。例えば、リンゴなどの物体が地面に向かって落下するという事実から、すべての物は地面に向かって落下すると推論するのは帰納だ。それに対して、リンゴが地球に向かって落下するという事実から、リンゴと地球の間には引力というものが作用していると推定するのがアブダクションだ。ご存じの通り、後者の万有引力の発見は、物理学の体系を形成するきっかけとなった。

■アブダクションの流れ

 アブダクションの推論は次のように定式化されている。

 「驚くべき事実Cが観察される」→「しかし、もしH(説明仮説)が真であれば、Cは当然の事柄であろう」→「よって、Hが真であると考えるべき理由がある」

 例えば、山の中で魚の化石が発見されたとする。この事象を説明するために、この一帯はかつて海であったという仮説を立てるというのが、アブダクションの流れだ。

 この定式に従えば、驚くべき事実が仮説の根源であり、驚くべき事実を見逃さないことが仮説発見の重要なポイントとなる。

■違和感が洞察の種に

 では、驚くべき事実にはどのようにして気付けばよいのだろうか。実はその方法については、科学哲学は特に言及していない。

 そのため、ここからは哲学ではなくビジネス上の経験則としてよく言われている内容だが、驚くべき事実を発見するために比較的簡単な方法がある。

 それは、身の回りで感じる違和感を深掘りしてみることだ。

 例えば、毎朝の通勤電車に違和感を持つ人も多いのではないだろうか。なぜここまでして出勤しなければならないのかと。朝、始業時間に合わせて出勤すると、スマホを触ったり本を読んだりする余地もないくらい電車が混雑する。

 その違和感を深掘りすると、いろいろな仮説が出てくる。混雑のためスマホも操作できずにただ単に立っている人は手持ち無沙汰で暇をつぶすサービスを求めているのではないかという仮説が浮上する。その仮説を元にすると、本を読み上げてくれるオーディオブックなどのサービスが思い付く。

 オーディオブックのサービスは既に流行しているが、それでも車内で何もせず、何も聴かずに立っているだけの人は、ある程度の割合で存在する。そこで、テレビのように受動的に享受できる動画広告を車内に流せば効果が高いのではないかという仮説が出てくる。

 このように、身の回りのちょっとした違和感を深掘りすると、いろいろなことに気が付くようになる。

■仮説の絞り込み方

 ただ、このようにして洗い出した仮説の質が高いとは限らない。思い浮かぶ仮説を全部検証していたらきりがないので、ある程度絞り込む必要がある。絞り込むのは論理的な作業で比較的簡単だ。

 ①仮説が事象を説明するのにもっともらしいか②一番シンプルに事象を説明しているか③現実的なコストで仮説を検証することができるか―といった基準に照らし合わせて、有効な仮説を絞り込んでいくとよい。

■まとめ

 近年、人工知能(AI)の進歩によって、人間ならではの特性が見直されつつある。人間にできてAIにできないことが、今後の人間にとって相対的に重要になるという理屈だ。人間にできて現在のAIにできないこと、その一つが個人的な嗜好(しこう)を持つことだと言われている。

 確かに、好きなものを突き詰めていくと、人間の感性は驚くほど鋭くなりうる。そういった鋭い感性が、身の回りにありふれた違和感に気付くきっかけとなり、常識を覆すような発見の契機ともなるのだろう。

 当たり前のものとして、心にフタをして見ないようにしていた違和感。それを見直してみることで、価値を創造する発見にもつながるかもしれない。イノベーション疲れを感じている方はぜひお試しいただきたい。

【著者略歴】

 伊勢川暁(いせがわあきら)ドリーム・アーツサービス&プロダクトデザイン本部 INSUITEグループマネージャー。コミュニケーション・デザインから企業変革を支えるクラウドサービス「INSUITE」の開発に従事。個人でも、人工知能(AI)で会議を短く創造的にする「minmeeting」のサービスを立ち上げ中。

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