【会社法入門講座④】会社法は取締役の高額報酬を認めているのか?

はじめに

 新年明けましておめでとうございます。今年もビジネスパーソンの皆さんと、全ての会社の基本となっている会社法について、注目を集めている身近な話題を取り上げてご説明していきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。

 昨年11月中旬、会社関係者にとって大変なニュースが飛び込んできました。日産自動車の会長を務め、フランスのルノーと日本の三菱自動車との連携を推し進めていたカルロス・ゴーン氏が、東京地検特捜部に逮捕されました。詳細は明らかになっていませんが、1回目の逮捕の直接の容疑は、会社の有価証券報告書などに、ゴーン容疑者がもらった報酬額などについて虚偽の記載をしたということでしたが、昨年12月21日には会社法の特別背任罪の容疑で再逮捕されています。

 ゴーン容疑者については、これまでも報酬が高額すぎるとして話題になっていましたが、1回目の逮捕で問題となっている最近5年間に日産からもらった実際の報酬は、公表されている額の2倍を超えるもので、合計で約100億円になるのではないかというのですから、驚きです。

 そこで、今回は、会社の取締役の報酬について、実際にどのくらいの額の報酬が支払われているのか、会社法はどのような定めをしているのか、世界的には取締役らの報酬はどうなっているのか、これから日本の会社法では、どのように考えていくべきなのかなどについてお話ししたいと思います。

 なお、会社の経営者に関する制度は国によって違いがありますので、以下では、取締役だけではなく、いわゆるCEO(代表執行役員・最高経営責任者)を含めて「役員」ということがあります。

ゴーン容疑者の報酬はいくらだったのか

 まず、前提となる事実を確認しておきましょう。ゴーン容疑者が日産自動車から受け取っていた報酬は、公表額では約7億3500万円でしたが、報道されているところでは年間約20億円(問題とされている5年間で約100億円)にもなるというものです。しかし、ゴーン容疑者の報酬はそれだけではありません。

 ゴーン容疑者は、2014年にはまだ日産自動車の社長でしたが、そのときは、同社から総額10億3500万円の報酬(公表額)を受け取ると同時に、フランスのルノー自動車の会長としてルノーからも約9億3000万円の報酬(合計19億6500万円)を取得していました。フランスではゴーン容疑者の高額報酬が問題となり、16年のルノーの株主総会では、大株主であるフランス政府を含む54%の株主がゴーン氏の高額報酬に反対しました。

 日本であれば、後でご説明するように、取締役の報酬については会社の基本規範である定款か、株主総会の決議によって定めることになっています。株主総会で反対多数であれば、減額した報酬案を出し直すことになりますが、フランスでは取締役の報酬に関する株主総会の決議に法的拘束力がないため、反対多数でもゴーン氏の報酬を減額することはできませんでした。

 もちろん、そうはいっても、大株主のフランス政府が反対したのですから、その後、ルノーはゴーン容疑者の業績連動部分の報酬を20%減額して何とか収束させたようです。

 ちなみに、ゴーン容疑者は、16年10月から三菱自動車の会長にも就任して、約2億円以上の報酬を取得していますから、公表額でも合計21億6500万円の報酬を得ていたことになります。

日本の会社は特に外国人役員の報酬が高額

 このようなゴーン容疑者の報酬については、いかにも高額ではないかとの印象を抱きますが、日本の会社の中で、このゴーン容疑者の報酬はどのくらいの順位になるのでしょうか。

 日本では、証券取引所に株式を上場している会社は、1億円以上の報酬を支払っている役員について、その氏名と額を有価証券報告書で公表しなければならないことになっており、18年4月までに本決算を迎えた企業は、全部で538人もの役員がリストアップされています。昨年は466人でしたから、1年で72人も増えました。一つの企業で1億円以上の報酬をもらっている役員の数が最も多いのは三菱電機で、22人もの役員がリストアップされています。

 その中で最も多額の報酬をもらった人は誰でしょうか。

 「役員四季報」(東洋経済新報社)がまとめたところによると、第1位はソニーの平井一夫取締役で約27億1300万円(ただし退職慰労金11億8200万円を含む)です。第2位はセブン&アイのJ.M.フィッシャー取締役で約24億300万円、第3位はソフトバンクのR.フィッシャー副会長で約20億1500万円、第4位もソフトバンクのM.クラウレ副社長で約13億8200万円、第5位もソフトバンクのR.ミスラ副社長で約12億3400万円となっています。

 ソフトバンクは、イヌのお父さんとその家族のコマーシャルでモバイル事業を宣伝していますが、ソフトバンクグループの連結貸借対照表を見ると、借入金約25兆円と自己資本約6兆円、合計約31兆円もの資金を元手に、世界を股にかけた大型買収などを行っている金融ファンドがメインであり、その手法は現代の錬金術のようだ、ともいわれているのです。そのために必要な金融工学や企業買収などに精通した人材を海外からヘッドハンティングしている結果、このような高額報酬の外国人役員が並んでいるのです。

 問題のゴーン容疑者の日産自動車からの報酬は、「役員四季報」の公表額では約7億3500万円で、実は第18位だったのです。ゴーン容疑者の報酬が高額であることはよく知られており、彼の報酬額を超える人はそういないのではないかと思われがちですが、実際には、ゴーン容疑者の報酬額を超える人が日本の会社でも17人もいるのです。ちょっとした驚きですね。もっとも、その内訳をみると、この17人のうち日本人の取締役は7人だけで、10人は外国人の取締役なのですが。

なぜ外国人取締役の報酬は高額なのか

 日本人は少ないと聞くと、「やはり」という感じがしますね。しかし、日本の会社の取締役なのに、特に外国人のプロの経営者といわれる人たちの報酬額が日本人の経営者や取締役よりも一段と高額なのは、なぜでしょうか。

 この点については、世界の主要な国々の経営者の報酬は日本よりも格段に高額であるから、日本の会社が世界的企業になるためには、報酬の面でも十分な金額を保証して、優れた人材が世界中から続々集まる経営環境にする必要がある、というのが代表的な意見です。簡単にいえば、ゴーン容疑者のような外国のプロの経営者を雇うには、外国並みの高い報酬を用意する必要がある、ということです。

 確かに、ソニーやソフトバンクのように国際的に金融ビジネスを展開している会社であれば、そのような理由ももっともらしく聞こえますね。しかし、特に高額な報酬をもらっているのは外国人経営者であるとしても、1億円以上の報酬をもらっている取締役が538人もいて、その大部分は日本人取締役です。世界中から優れた人材を集めるためという理由で、日本人取締役の報酬もかなり高額になっていることは間違いありません。

外国の役員報酬はどのくらいなのか

 それでは、外国における取締役やCEO(代表執行役員・最高経営責任者)など役員の報酬額は、実際にはどれくらいなのでしょうか。

 いつくか異なる資料がありますが、日本取締役協会が発表した「経営者報酬ガイドライン」によれば、15年度などの主要各国のCEOの固定報酬と業績に連動するインセンティブ報酬を含む年間報酬水準額(中央値)は、アメリカでは約20億4000万円、イギリスでは約6億2300万円、ドイツでも約5億9700万円、シンガポールでは約3億3600万円、日本が約1億6100万円となっています。こうして見ると、とりわけアメリカの役員報酬の額が突出して高額であることが分かります。

 もっとも、主要各国の役員の報酬額とはいっても、例えば、フランスやイタリアやカナダやオーストラリアなどは示されていませんし、必ずしも主要国とはいえないシンガポールが入っているなどして、役員報酬の高い国だけを選定した可能性を否定できません。

 ちなみに、日本では一般的にあまり意識されていませんが、シンガポールはアジアにおける金融ハブ国家を目指しており、イギリスやアメリカやドイツなどの外資系の会社も多く進出していて、その関係で役員の報酬額が高額になっているのです。

 この資料ではフランスが出ていないのですが、経済産業省の調査結果には示されていて、約3億2300万円とされています。フランスは、日本よりは高いものの、アメリカやイギリスほどではありません。また、オーストラリアでは、オーストラリア・ポストの代表取締役が約4億6000万円の報酬を得て、高額すぎるとの強い非難を浴びています。オーストラリアのCEOについては、せいぜい約1億6000万円程度であろうといわれているようです。

 いずれにしても、日本と外国とでは、会社の規模や内容や業態や雇用状況などが大きく異なるだけではなく、経済システムや社会福祉の状況、社会的な金銭感覚など、さまざまな意味で国情が違いますから、そのような違いを無視して単純に金額を比較するのは、もともと適切ではありません。

日本の会社法は取締役の報酬の上限を規制していない

 このように、役員の高額報酬については、国によって異なりますし、その受け止め方についてもさまざまな意見が出されているのです。現在の日本の会社法では、取締役の報酬などについて、どのような規律をしているのでしょうか。

 まず、取締役の「報酬」とは何を指すのでしょうか。いわゆる「報酬」という名目で受け取ったものだけなのか、名目がなんであれ、取締役としての職務を行うことに関連して会社から受け取る金銭なのでしょうか、それとも、さらに広い経済的利益も含むのでしょうか。

 日本の会社法では、「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」を規制の対象となる「報酬等」というと定めており、取締役が職務執行の対価として株式会社から受けものであれば、金銭だけではなく、さまざまな財産上の利益を含めた報酬に当たるとされています。

 そして、具体的には、その報酬を三つの場合に分けて、①金額が確定しているもの(金銭による固定報酬部分)については、その額②金額が確定していないもの(例えば業績連動報酬部分など)については、具体的な算定方法③金銭でないもの(例えば会社の株式などを与えるストックオプション部分など)については、その具体的な内容―をそれぞれ、個々の会社における基本規範である「定款」で定めるか、定款で定めていない場合には株主総会の普通決議(定足数を満たす議決権の過半数の賛成)によって定めることが必要とされています。

 定款で定めるか、株主総会で定めるかは、各会社の選択に任されています。役員の報酬額としてどの程度の額が適切で相当なのかは、各会社の規模や業態や損益状況などによって大きく異なるはずですから、会社法そのものが一般的に役員の報酬額の上限を定めてはいないのです。

取締役の報酬額の決定は代表取締役に任されている

 このように、会社法は、取締役の報酬額は定款か株主総会の決議によって定めるものとしているのですが、この点について、裁判所の判例は、定款や株主総会の決議では、各取締役の個別の報酬額まで具体的に定める必要はなく、取締役全員に支払われる報酬総額の上限が定められていればよいとされ、各取締役の個別の報酬額は、取締役会で決定することができるとされています。

 実務では、その各取締役の報酬額の決定を、さらに取締役会から代表取締役に委任することもできるとされています。

 従って、例えば、「取締役(全体)の報酬額を年額20億円以内とする」と定款か株主総会で定めておけば、各取締役の個別の報酬額については定めなくてもよいのです。

 規律の在り方としては緩い感じがします。なぜかというと、報酬規制は、株主のために、会社を経営している取締役がお手盛りで自分たちの報酬をどんどん上げていくことを抑制することが目的ですから、取締役全体でどれくらいの報酬総額になるのかが明らかになっていれば、妥当かどうかを株主が判断できるはずであり、その全体の報酬総額の範囲内であれば、あとは取締役会内部で自由に決めればよいという考え方に基づいているのです。

 これに対しては、代表取締役が個々の取締役の報酬額を決定できるとすると、実際問題として、個々の取締役はおのずと代表取締役の意向に反する発言がしにくくなり、取締役会における相互監視機能が発揮されにくくなるなどの懸念が指摘されているところです。

日産でもゴーン容疑者に一任されていた

 日本では、多くの会社で、各取締役の報酬額は代表取締役に一任されているのが実情だといわれています。今回の報酬問題でも、報道によれば、ゴーン容疑者が実質的に独りで各取締役の報酬額を決定しているとのことです。

 他の取締役の報酬額を抑えて自分の報酬額を高くしていたということですから、その通りであれば、日産自動車でも、先にご説明した判例で認められている委任の方法をフルに利用して、各取締役の個別の報酬額の決定を取締役会からゴーン容疑者に一任していたのですね。そして、ゴーン容疑者が、その委任された報酬決定権限をフルに利用して、長年にわたって自分に有利に決定し運用していたのではないかと推測されます。

 もっとも、自分にとって有利に各取締役の報酬額を決定していたからといっても、ゴーン容疑者が行った報酬決定が違法だということにはなりません。

 判例では、定款や株主総会の決議で各取締役の個別の報酬額を決定する必要はなく、報酬総額の範囲内でどう決めるかは、取締役会から代表取締役に委任することもできますから、ゴーン容疑者が取締役会から委任を受けて、取締役全体の報酬総額の範囲内で自分に多く配分していただけであれば、配分のバランスが悪かったというだけで、何ら違法の問題は生じないということになります。彼に任せきりにしていた他の取締役に文句をいう資格はないのです。

 報道によれば、ゴーン容疑者の1回目の逮捕の嫌疑は、自分の報酬を多く決定したことではなく、決定した報酬額を正確に有価証券報告書に記載しなかったことのようですが、それは、自分の報酬を高く決定したというだけでは違法にはならないからなのです。

報酬決定に違法あれば、他の取締役も責任を追及される可能性

 このように、ゴーン容疑者が取締役全体の報酬総額の範囲内で自分だけに多く配分していたとしても、それだけでは違法ではないのですが、仮に、ゴーン容疑者が定款や株主総会で定められた取締役全体の報酬総額の範囲を超えて報酬額を操作していたのであれば、定款の定めや取締役会の決議に反したことになります。

 そのような場合には、取締役には会社の定款や株主総会の決議を順守すべき義務がありますから、この定款等遵守義務違反による損害賠償責任を負うことになります。

 そして、そのような場合には、取締役会のメンバーである他の取締役は、ゴーン容疑者に委任した報酬決定の内容などについて十分に監視していなかったということになりますから、代表取締役や他の業務執行取締役の行為を監視すべき義務を怠った責任を問われます。

 ゴーン容疑者の行為が違法であれば、取締役会のメンバーである他の取締役も、会社に対して同様に任務懈怠(けたい)責任が生じ、報酬総額を超えてゴーン容疑者に支払われた報酬部分(会社に生じた損害)については、彼とともに賠償責任があることになります。

 仮に、将来、ゴーン容疑者がそのような損害賠償責任を負うことになって、会社に対して返済を拒めば、他の取締役も、株主代表訴訟によって責任を追及される可能性も否定できません。

取締役の高額の報酬には業績連動報酬というカラクリがある

 やや理屈の問題に深入りしてしまいましたが、話題を取締役の高額報酬問題に戻しましょう。

 今回は、取締役の高額報酬が問題になっているのですが、外国などで取締役の報酬が極めて高額である背景には、「業績連動報酬(インセンティブ報酬)」というもう一つのカラクリがあるのです。業績連動報酬(Pay For Performance)とか、インセンティブ報酬(incentive reward)という言葉は、極めて実務的な言葉ですが、会社に勤めている皆さまであれば、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

 この業績連動報酬という制度は、簡単にいえば取締役に対する成功報酬であって、企業の業績などが上ったら取締役に対し、一定の追加報酬などを与え、報酬が多いほどよいという取締役個人の利害と会社業績などの向上による、多くの配当を望む株主の利害とを一致させることで取締役の会社の業績向上への意欲を刺激し、会社を経営する取締役が株主にとって最善の経営を行うようになる、との考え方によるものです。

 一般的には、「インセンティブ報酬」ともいわれ、その代表的なものが、近年、広く普及しつつあるストックオプション(stock option)というもので、会社の業績に応じて取締役に対して一定の価格で会社の株式や新株予約権などを与えるという制度です。

 先に外国での高額報酬の例を示しましたが、外国での高額報酬の内訳は、多くがこの業績連動報酬なのです。経済産業省が実施して15年3月に公表した海外でのCEOの平均報酬に占める固定報酬部分と業績連動報酬部分の調査結果(いずれも中央値)を見ると、アメリカでは、18億1700万円のうち、固定報酬は1億8200万円で、残りの16億3500万円(90.0%)は業績連動報酬なのです。

 同様に、イギリスでは、7億2100万円のうち、固定報酬は2億200万円で、残りの5億1900万円(72.0%)は業績連動報酬です。ドイツでは、6億2000万円のうち、固定報酬部分は1億7500万円で、残りの4億4500万円(71.8%)は業績連動報酬です。フランスでは、3億2400万円のうち、固定報酬は1億1800万円で、残りの2億600万円(63.6%)は業績連動報酬です。このように見てくると、どの国でも、固定報酬部分にはほとんど違いがなく、業績連動報酬部分に違いがあることが分かります。特にアメリカのCEOの報酬が飛び抜けて高額なのは、実は、その大部分が業績連動報酬であることがお分かりいただけると思います。

日本でも業績連動報酬の導入が推進されている

 このような業績連動報酬については、現在、日本でもその導入が推進されており、15年6月1日から施行され、東京証券取引所が上場会社に対して遵守を求めている「コーポレートガバナンス・コード」という規則の中でも、「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的なリスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである」と定めて、業績連動報酬の採用を求めているのです。

 そして、冒頭でもご紹介した日本取締役協会では、「ガイドライン(第4版)」(16年10月)において、報酬は業務執行の対価であり、グローバル競争を考慮しつつ、資質、能力、業績結果に報いる報酬水準とするものとして、CEO報酬の30%程度を業績連動賞与とし、株式報酬をCEO報酬の30%以上を目指すことなどを推奨しています。

 現在、検討されている会社法の改正でも、業績連動報酬を導入するための制度整備が目玉の一つになっています。

ゴーン容疑者の業績連動報酬は株価連動報酬だった

 もちろん、業績連動報酬の具体的な内容は、業績に応じて株式や新株予約権など(以下では「株式など」といいます)を与えるストックオプションだけではなく、さまざまなものがありますが、今回、ゴーン容疑者が得ていた業績連動報酬は株価連動報酬(stock appreciation rights=SAR )と呼ばれるものです。

 日本の多くの会社では、やっとストックオプションが普及した段階であり、株価連動報酬を導入している会社はまだそう多くはありません。ストックオプションでは、取締役は、いったん、会社が事前に定めた行使価格で株式などを取得した上、これを時価で売却してその差額を利得するのですが、株価連動報酬(SAR)では、取締役は、実際に株式などを取得するのではなく、会社が取締役に対して株式などを与える前提で定めた一定の行使価格とその権利を実行しようとする時点の株価(時価)との差額を、直接、金銭でもらうことができ、取締役のメリットをより高めた制度です。

 いずれにしても、取締役や元取締役は、会社の業績の動向などを熟知しており、利益が見込める時に権利を行使することができますから、一種のインサイダー取引のような問題が生じかねません。会社法や金融商品取引法の規律としては、取締役による業績連動報酬の権利行使をどのようにコントロールするかが重大な問題になります。

業績連動報酬は本当に効果的なのか

 それでは、このような業績連動報酬は、会社の業績向上や株主の利益向上にとって本当に効果的なのでしょうか。

 業績連動報酬にはさまざまな形態がありますが、取締役に対するインセンティブ(刺激)としての金銭報酬は、いったん与えてしまえば、株主と利害を共通にするという効果は消滅してしまいますから、その効果は一時的なものにすぎません。

 それにもかかわらず、取締役は、一時的にでも業績が向上したかのような外形をつくり出そうとして、長期的には会社に損害を与えることになりかねない方法で、短期的な利益を生み出そうとすることも少なくないといわれたりしています。

 金銭ではなく、ストックオプションなどの株式などの報酬はどうでしょうか。取締役は、株式などを取得する権利を得て、その後、株価が値上りしたときに売却してその差額を取得するのですから、一定期間は株主と取締役との利害が一致することは間違いありません。

 しかし、ここでもいくつかの問題点が指摘されています。基本的な問題は、証券取引所における株価は、必ずしも会社の業績に正しく連動するものではないということです。証券市場での株取引は、通常、将来の値上がりを期待して買われるものですから、値上がりしそうだという雰囲気があれば株価は上昇することがほとんどです。しかも、株式市況が活況のときには、個々の会社の業績が多少悪くても、株価は上がっていきます。これとは逆に、現在のように、アメリカと中国との貿易摩擦などで株式市況が低迷しているようなときには、個々の会社の業績が向上していても、株価は下がることも少なくありません。

 会社の将来の業績はやってみなければ分かりませんから、株価を維持し、上昇させるためには、会社の業績が向上しそうだという雰囲気が大切です。会社の経営に当たる取締役・取締役会としては、分かりやすい見た目の業績を上げるために、売上額が伸びないときには大幅なコストカットを行ったリ、経営効率の悪い事業所を閉鎖・売却して売却益を計上するなどして、形式的に利益を出そうとすることも少なくありません。

高額報酬のプロの経営者は愛社精神に欠けている?

 日本でも、これまでに、インセンティブ報酬を前提にヘッドハンティングされたいわゆるプロの経営者といわれる人たちが短期的に業績を改善させたといわれる例がいくつか報告されたことがありますが、その内実は、大量のリストラで一時的に大幅なコストダウンを行ったり、多数の店舗や保有資産などを売却して特別利益を計上したりして、前年度に比べて利益は増加したものの、本業の売上額が伸びた結果ではないので、すぐにじり貧になってしまい、かえって人材や店舗を失って中長期的にはマイナスであったと分析されたものも少なくないといわれています。

 高額報酬の外国人取締役が多く並んでいるソフトバンクグループに、ニケシュ・アローラ氏という副社長がいたのを覚えておいででしょうか。孫正義社長が金融や買収事業を強化するために三顧の礼で、しかも高額の報酬で副社長として迎えたのですが、すぐに自分の知り合いを高額で雇うなどして経営手法や経営方針の違いが露呈し、高額の退職慰労金を支払って辞めてもらったことで有名になりました。

 14年度の日本企業の高額報酬番付を見ると、そのアローラ副社長には総額で165億5600万円もの報酬(退職慰労金を含む)が支払われたのですが、同氏の招聘が失敗だったことは明らかです。

 また、プロの経営者といわれる人たちは、より高額報酬のポストを提示されれば、ちゅうちょなくそちらに乗り換えることも少なくありません。かつて武田薬品工業に入社して年間3億円の報酬を受け取ったCFO(最高財務責任者)が、すぐにスイス食品大手のネスレに引き抜かれて退社したことも記憶に新しいところです。

金儲けだけが業績ではない?

 このように、取締役の高額報酬についてはさまざまな考え方や評価があるのですが、私たちは、どのように考えるべきなのでしょうか。以下では、そのうちの代表的ないくつかの問題点についてお話ししましょう。

 まず、取締役の高額報酬は、いわゆる業績連動報酬という成功報酬の考え方が基本になっているのですが、その前提となる「業績」=「成功」とは何か、仮に失敗したら取締役の報酬を下げるのか、という問題です。

 業績連動報酬における「業績」については、一般的に、会社の経済的利益を向上させ株価を上昇させることなどを指すものと考えられています。会社は営利団体であり、事業を営み、併せて経済的利益を獲得することを目標として設立されるものですから、経済的利益の向上などが業績の一つであることは間違いありません。

 アメリカやイギリスの金融資本主義論者は、そのような考え方を支持しており、どんなに素晴らしい製品を作ってももうからなければ意味がない、資本効率の低い会社、もうけが悪い会社はつぶれるのが当然だといいます。

 日本では、イギリスは伝統の国という見方が一般的ですが、実際は金融資本の生まれた国であり、世界をイギリスの金融資本で支配するという戦略をとっていることを見落としてはなりません。そして、アメリカとともに、株式会社という形態は金融資本主義を貫徹するための手段としての完成形であり、株主は最大の利潤を求めて会社に出資するのであって、会社は株主による最大の利潤追求の手段にすぎないと捉えています。会社の運営方針は、株主の利益を最大化するかどうかを基準に運営されるべきだという前提で動いているのです。

 しかし、日本では、そこまで割り切った考え方は少数です。日本の会社法が、会社という団体に法人格を与え、独立の取引主体としての法的地位を認め、さまざまな法律などで多くの便益を与えているのは、会社が、従業員には仕事と給料などを与え、取引先や債権者には代金や利息などを支払い、消費者には生活に必要な製品やサービスなどを提供しているほか、災害支援や慈善事業などを通じて地域社会に貢献し、公租公課などを支払うことで国や自治体のさまざまな活動やサービスを経済的に支えているなど、社会的に有用な存在で、日本社会全体の安定に重要な役割を担っているからであると考えるのが一般的ではないでしょうか。

100年企業が目指すべき業績は何か?

 日本では、「100年企業」という評価があるように、会社という組織は、個々の人間の寿命を超えて存続することができ、世代を超えて受け継がれるべき技術を後世に伝え、価値ある製品などを作り提供し続けることができる社会的に意義のある存在です。

 ですから、単に株主による金もうけの手段ではないと考えるならば、単に株主の短期的な利益の増大を図るのではなく、従業員、顧客、供給者、債権者など多くの会社関係者の利益や、地域社会や国全体の利益にも配慮して運営されるべきだということになります。つまり、会社が有する社会性・公共性にも目を向けて、社会経済全体に対して貢献することなども立派な取締役の「業績」ではないかと考えるのです。

 もちろん、会社は営利企業ですから、経済的利益を無視して会社や企業に社会的な貢献を求めるのは行き過ぎですが、取締役の業績連動報酬を考える際にも、株主のための自己資本利益率(ROE)などの財務指標だけを考えるのではなく、直ちには会社の経済的利益に直結するものではなくても、企業活動の中に「従業員の安全性」「良好な職場環境」「雇用の多様性」「社会的貢献」などの非財務的な指標をも取り込んで「業績」の有無を考えるべきではないかと思います。

アメリカでも業績連動報酬はモラルハザードを指摘

 また、業績連動報酬という制度は、成功報酬を支払うものですから、取締役がさらに多くの報酬を求めようとする意欲を高める結果になり、さまざまなモラルハザード(倫理観の欠如)を生じさせるというマイナスが指摘されています。

 一つとして、取締役が業績連動による高額報酬を得るために、手っ取り早く見掛けだけの会社の業績向上を演出して、成功報酬の増額を得ようとする事態が生じるという問題です。株主は、会社に利益が出れば配当を得ることができますから、その中身はともかく、形式的に会社に利益が出ていれば、それを取締役の業績として評価することができます。

 そして、先ほど指摘した自己資本利益率(ROE)は、純利益を純資本で割った比率ですから、形式的に純利益が多くなれば、このROEを上げることができるのです。従って、実際には、売上額が伸びなくてもコストをカットすれば純利益が出てきますから、新しい経営陣が形式的な利益を生み出すために大幅なコストカットに熱心になるということは、珍しいことではありません。緊急避難的にはそのような方法もやむを得ない場合があるでしょうが、短絡的な発想で賃金をカットしたり大規模なリストラを実施して非正規雇用のパートタイマーやアルバイトばかりにしてしまうと、会社を担う従業員のモチベーションを下げたり、次第に本業の商売がうまく回らなくなって、中長期的には会社がじり貧になってしまうことが知られています。

 取締役に対する業績連動報酬は、取締役に対してそのような短期的な業績向上を演出しようというモラルハザードを生じさせるというマイナスを含んだものなのです。

業績連動報酬が取締役を強欲に駆り立てる?

 業績連動報酬という制度によって取締役にもたらされるもう一つのモラルハザードとして、取締役が、本当は固定報酬を上回るほどの業績とまでは評価すべきではないものを「業績」と評価して、業績連動の報酬額を上げようとすることや、高額報酬と批判されることを避けるために、実際に得ている業績連動報酬を少なく見せようとしてさまざまな小細工を弄するようになることなども指摘されています。

 皆さまの中にも、ハーバード白熱教室で話題になったマイケル・サンデル教授(鬼澤忍訳)の「これからの正義の話をしよう-いまを生き延びるための哲学」(早川書房2010年)をお読みになった方がおいでだと思いますが、その中に、08年8月に世界的な金融危機が起こり、株価の暴落など大きな経済問題になったリーマン・ショックのときのひどいケースが紹介されています。

 リーマン・ショックの際、アメリカのAIG保険会社もハイリスク商品に膨大な額の投資をしていたため、経営破綻の危機に瀕しました。しかし、保険に加入していた市民が多いため、アメリカ政府は、その保険に加入していた市民を保護する目的でAIGに約1730億ドル(1ドル100円換算で17兆3000億円)もの政府資金を注入して救済を図りました。

 ところが、AIGでは、政府資金を得て破綻を免れた途端、投資に失敗して経営危機を招いた経営幹部たちに総額1億6500万ドル(165億円)ものボーナスを支払ったのです。100万ドル(1億円)以上のボーナスを受け取った経営幹部たちは73人もいたようで、さすがのアメリカでも社会的非難が高まり、財務長官がAIGの最高経営責任者に対してボーナスの撤回を求めましたが、幹部たちは、リーマン・ショックは自分たちの責任ではないと反論して返還を拒否したのです。あまりの強欲さに、連邦下院において、連邦政府から多額の救済を受けた企業のボーナスに90%の税金を課す法案が提出され、可決されたため、上院での審議を待たずに高額上位20人のうち15人がしぶしぶ返還に同意して何とか収まったというのです。

 しかし、それだけではありません。原丈人「公益資本主義」(文春新書17年)によれば、同じく08年に経営不振に陥ったアメリカン航空の経営陣が倒産回避を名目に、従業員に対して340億円もの大幅な給与削減を求めました。やむを得ないとして従業員組合がこれを受け入れたところ、経営陣は、何と懸案だった大幅な給与削減問題を成功させたとして、200億円ものボーナスを受け取ったというのです。

 しかも、批判を受けた経営陣は、株主と経営者の長期的な利害関係が一致するよう設計された報酬規定によるものであり、全く問題はないと反論したのです。しかし、このような行為は、経営陣と株主が従業員の利益を犠牲にして自分たちの経済的利益を優先させたものであり、恥ずべき行為であることは明らかです。

日本でもモラルハザードが起きていた

 何ともあきれた話ですが、つい最近、日本でも似たような話が飛び出してきました。

 日本政府が約2兆円を出資してスタートするはずだった産業革新投資機構が、ゴーン容疑者の問題と軌を同じくして、取締役の高額報酬問題が大きな話題になりました。

 ところが、その前身である産業革新支援機構(旧機構)当時にも、実質的に官営事業であるのにもかかわらず高額報酬の仕組みがあり、取締役は、成功報酬として退職後に最大で7億円もの後払いを受けることも可能であったことが明らかになっています。

 そして、旧機構当時にその資金提供により一時的に黒字になった案件で、支払われた金額は明らかになっていませんが、成功報酬が支払われたこともあったようです。

 政府の資金を投入して黒字になったから会社の業績を向上させたというのは、リーマン・ショックの際のAIG保険会社のケースと同じ構図であり、何という手前みその言い分でしょうか。

 また、今回、次第に明らかになっているゴーン容疑者の一連の振る舞いは、高額の業績連動報酬というだけではなく、実質的な報酬隠しでもあることが明らかになっています。しかも、腹心の部下であった、日産自動車の前代表取締役グレッグ・ケリー容疑者に命じて、何とか違法にならないように弁護士などとも相談していたというのですから、仮に最終的には違法にはならなかったとしても、「強欲」「私物化」という非難を免れることはできないでしょう。

 そして、ゴーン容疑者をそのような強欲な振る舞いに走らせた原因の一つが業績連動報酬という成功報酬制度にあったことは否定できません。

 業績連動のインセンティブ報酬という制度が、取締役の個人的利益を追い求めるという強欲さをインセンティブ(刺激)したというのは、何も皮肉ではありません。そのようなモラルハザードが問題となる実例が後を絶たないのですから、業績連動報酬という制度には、人間の欲望をいたずらに刺激するという問題点が内在していると認めざるを得ないのです。

取締役の報酬ではなく従業員の給料を増やすべきである

 また、業績連動報酬の考え方に対する疑問として、会社がもうかれば取締役の報酬を高くするのは当然だという発想は正しいのかという問題もあります。会社の業績が向上したとして、それが取締役の特別の功績なのかという問題です。

 経営不振に陥った会社の例を見ていると、業績の改善については、経営陣の入れ替えが有効であることは明かです。会社の経営に関与する取締役の力量が大きく影響することはそのとおりでしょう。しかし、冷静に考えると、取締役はもともと従業員の何倍もの高額の固定報酬をもらっているのですから、成果を上げるために全身全霊を傾けるのは当然のことではないでしょうか。

 しかも、それだけではありません。経営陣がどんなにすぐれた経営改革案を決定しても、どんなに素晴らしい経営戦略を描いたとしても、それだけで会社の売り上げが自動的に改善したり、利益が増えたりするわけではありません。実際には、会社の業績の改善は、業務改革を具体的に実行して売り上げを拡大していく従業員の働きや関係先の協力などがあってこそ、達成されるものです。優れた従業員という人的財産や会社に蓄積されてきたこれまでの信用や取引先の協力など、有形・無形の財産があったからこそ回復が実現できたのです。実際に、優秀な従業員が辞めてしまい、会社の信用や無形の財産を失っている会社では、いかに取締役などの経営陣を入れ替えても業績の改善が難しいことは多くの実例が教えています。冷静に考えれば、会社の中長期的な成長を支えているのは、多くの場合、まさに会社の中核となる優秀な従業員の努力と活躍、会社に蓄積されてきたこれまでの信用や取引先の協力などによるものです。

 このように考えてくると、会社の業績が少し良くなれば取締役など経営陣の報酬も高くなるように制度設計するのが社会的に正当で、相当だという単純なものではないことに気が付きます。日本という社会全体の継続的な繁栄を考えるならば、豊かな中流階層の人たちをできるだけ多く増やすことが何よりも重要なことですし、そのためには、取締役の報酬を上げるのではなく、従業員の給料を改善するほか、過剰な利益は製品の値下げや社会貢献などで消費者や社会に還元することこそ必要不可欠なはずです。

取締役の高額報酬は社会的格差を拡大し社会不安をもたらす

 取締役や会社経営者などの高額報酬を認めているアメリカでも、実は、そのような高額報酬などが富の偏在を助長し、貧富の格差を拡大し、アメリカをごく一部の経済的な勝者と大多数の経済的な敗者とに分断することになっているとの指摘も少なくないのです。

 先にご紹介した白熱教室のサンデル教授も、07年にアメリカの大企業のCEOは平均的な労働者の344倍もの報酬を得ていることを紹介した上、「経営者が従業員よりもそれほど多くの報酬を受け取る権利があるのだろうか。大半の従業員は懸命に働いているし、自分の能力を仕事に注ぎ込んでいる」と述べて、CEOたちの高額報酬を批判しているのです。

 アメリカ社会では、自由競争を前提とする市場資本主義が定着しており、徹底したマネー第一主義は、無制限に近い自由競争と個人主義に基づく自己責任と相まって、何事においても評価は金銭的価値に換算して比較されることを当然のこととしています。例えば、大リーガーの高額年俸を思い浮かべれば明らかなように、才能が認められれば、日本では想像もできないくらい高額の報酬が支払われるのが当然の社会なのです。そして、その一方で、競争に負けるのは自己責任ですから、社会的弱者に対する社会保障制度は極めて貧弱なものでしかなく、貧困の再生産が行われ、その不満がトランプ大統領の誕生につながっていると分析されているほどです。

日本の取締役と従業員との収入格差はどれくらいなのか

 それでは、日本の会社における取締役と従業員との収入格差はどれくらいなのでしょうか。「東洋経済」が、取締役などの役員が従業員の何倍の年収を得ているか比較した年収格差のランキングを発表しているのですが、それによると、第1位は、何と、皆さんもスマートフォンのアプリでお使いになっているLINEでした。取締役の平均報酬は約12億2680万円であるのに対して、従業員の平均年収は約743万円ですから、約165倍の格差があることになります。皆さんがLINEに励めば励むほど、取締役の成功報酬が増えるという簡単な仕組みです。

 ゴーン容疑者の日産自動車は第4位で、取締役の平均報酬は約2億4350万円であるのに対して、従業員の平均年収は約816万円ですから、約30倍の格差です。従業員と比べると、取締役は1人で30人分の力を発揮していると考えているのですね。これを同業のトヨタ自動車と比べてみると、トヨタは第14位で、取締役の平均報酬は約1億7911万円なのに対して、従業員の平均年収は約852万円ですから、約21倍の格差になります。

 全体を見ても、取締役の報酬と従業員の年収との格差が20倍を超える企業は15社しかありません。格差が多い会社100社の中では、11倍から15倍の会社が合計54社あります。日本の会社では、外国に比べれば格差が少ないことが分かります。

非正規雇用のパートタイマーの年収と取締役との収入格差は?

 もっとも、ここで比較されているのは、正規の従業員で各種の手当やボーナスや一定の割増賃金なども含まれた金額ですから、実際に働いている人の平均的な年収というわけではありません。私の家のすぐ近くにマクドナルドがありますから、マクドナルドで働くパートタイマーなどの収入と、日本マクドナルドの代表であるカサノバ社長の報酬とを簡略に比較してみましょう。

 カサノバ社長には、持株会社と子会社の双方から取締役としての報酬が支払われており、合計年収は約6億3200万円となっています。日本マクドナルドの年間の連結の売上額は約2536億円、その純利益が約240億円ですから、カサノバ社長は純利益の約2.63%に相当する報酬を得ていることになります。

 これに対して、マクドナルドの店舗を支えているパートタイマーの人たちの収入を考えると、天文学的な格差があることに気付きます。パートタイマーの人たちは働く時間もまちまちですから、正確な平均年収を計算することは不可能ですが、マクドナルドにおけるパートタイマーの時給は約1100円前後ですから、1日8時間働くと仮定すると約8800円前後になります。仮に1カ月に20日働くと、月額17万6000円、年収はその12倍で211万2000円ということになります(実際にはパートタイマーでこれほど働く人はいないはずですが、一応の仮定としてお読みください)。

 従って、これを比較すると、カサノバ社長とマクドナルドで1日8時間働くパートタイマーの年収との格差は、約300倍ということになります。あくまでも一定の仮定を前提とした試算ですが、すごい格差ですね。これをどのように評価するかは考えが分かれると思いますが、カサノバ社長の報酬額の割合が、会社の営業利益や経常利益の額に比べて極端に高いことは否定できません。

 例えば、日本で最大の企業は皆さまもご承知のとおりトヨタ自動車です。トヨタの年間の連結の売上額は約29兆3800億円でマクドナルドの約116倍です。純利益は約2兆131億円でマクドナルドの約83.8倍ですが、そのトヨタの最高経営責任者である豊田章男社長の報酬額は年額約3億8000万円であり、カサノバ社長の約60%しかありません。

 仮に、豊田社長の報酬額をカサノバ社長にならって純利益の約2.63%相当額とすると、529億円という天文学的な金額になってしまいます。それなのに、同氏はカサノバ社長よりも低い報酬に甘んじています。

 ただ、同氏はトヨタ創業家の一員として親会社や関連会社の大株主であり、多額の配当収入などもありますので、単純に比較するのは適切ではないともいえますが、それにしても、カサノバ社長の報酬の割合がいかに高額かはお分かりいただけると思います。

取締役の高額報酬は日本社会で受け入れられるか

 日本の社会では、最初に見たように、年収が1億円を超えるとして公表されている取締役の数が500人を超えていますが、そのような高額報酬が社会的にすんなりと受け入れられるでしょうか。

 日本の民間企業の平均的な年収額(パートを含む)は約420万円ですから、1億円という報酬は、その約23.8倍に当たるものです。そもそも1億円を超えるような金額は、一般市民にとっては宝くじに当選することでしか手にすることができないものでしょう。

 そして、そのような収入格差の拡大は、日本よりも格差の大きい諸外国の実情を見ても明らかなように、社会的に恵まれない多くの低所得者を生み出す大きな要因になっていると指摘されています。その結果、社会的なサービス全般の質が低下しているだけではなく、国民の不満が増大し、犯罪が増加して安全が脅かされる社会になっていることは明らかです。実は、労働生産性はヨーロッパの国々が高く、日本は低いという結果になっているのですが、ヨーロッパを旅行すればお分かりのように、ヨーロッパでは高い値段で低いサービスというのが実態です。取締役の高額報酬がそのすべての原因だとはいいませんが、大きな社会的格差があって、労働者は十分な知識がなく、労働意欲も低いことは明らかです。

 ヨーロッパは、いまでも貴族社会の階級精神を引きずっています。貴族は人生を楽しむことが使命であり、仕事は庶民がするものだという発想です。世襲的な階級はかつてほどではなくなりましたが、貴族階級が持っていた経済的な豊かさや精神は、経済的なセレブといわれる人たちに引き継がれており、取締役というセレブたちは、そもそも高額の固定報酬を受け取り、仮に失敗しても減額されないのに、少しでも成果を出せば業績連動の高額なボーナスをもらえるのです。このような制度に合理的な説明が可能でしょうか。取締役は、額に汗して働く労働者とは異なるのだから、労働者にはない高額の報酬を受け取る特別の権利があるというわけです。

日本の会社の在るべき姿はどのようなものか

 しかし、繰り返しになりますが、会社は社会的に有意義な存在だから存在するのであって、ただ資本を動かして大きな利益を得ようとする金融資本家や、その使い走りをして過剰な金銭的欲望を満足させようとする一部の経営者のための装置ではないはずです。日本社会が全体として、これからも継続的に豊かな社会を維持していくためには、国民の間に存在する経済的な格差はもとより、さまざまな格差を少なくしていくことが必要不可欠です。

 現在、法務省の法制審議会会社法制検討部会では、実質的に経産省と一体となって、海外からの投資を呼び込む投資環境を整備するという名目で、実質的にはアメリカ・イギリス型の金融資本主義に基づく各種の制度設計を、日本でも何とか取り入れようと検討しています。

 その一つとして、取締役の報酬についても高額化を認めて国際標準にするための法改正も検討されていますが、取締役の報酬を高額化すれば会社が発展するという主張の合理性は明らかではありません。そもそも「国際標準」とはいっても、先に述べたように、金融資本主義で世界経済を牛耳ろうとしているアメリカとイギリスの発想と利益追求に追随するだけで、世界中に共通の標準などはないのです。

 ここまでお読みいただいた方にはもうお分かりいただけたと思いますが、取締役の高額報酬問題をどのように考えるかは、日本社会の継続的な発展を維持していくために、どのような会社の在り方が必要なのか、どのような社会構造が望ましいのかという問いに対する考え方の違いが現われているのです。たかが報酬、されど報酬というわけです。

 そのような意味で、今回のゴーン容疑者の高額報酬問題は、日本とフランスの両国に大きな一石を投じるものであることは間違いありません。また、もらい火のようにして話題となった産業革新投資機構の取締役の高額報酬問題については、官民ファンドとしては好ましくないとして、政府が一定の見識を示しました。

 経産省はもともと取締役の高額報酬を推進しようという立場ですから、今回の件については、官邸サイドから強い反対があったのではないか、と推測されます。考え方が分かれるところですが、今後の役員報酬問題や会社の在り方などを考える際には大いに意味があるところです。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という結果にならないよう、関心を持って一連の推移を見守っていただければと思います。

 次回は、会社の役員による会社犯罪のあらましと、犯罪捜査としての逮捕・拘留や起訴などの刑事裁判の手続きについてお話したいと思います。

 長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

【筆者略歴】

須藤 典明(すどう・のりあき)氏 日本大学大学院法務研究科教授。司法研修所教官(民事裁判・第一部)、東京地方裁判所部総括判事、法務省訟務総括審議官、甲府地方・家庭裁判所長、東京高等裁判所部総括判事などを経て現職。弁護士。


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