【コラム】富野由悠季版「ファーストガンダム」が象徴する世界

 増え過ぎた人類は資源を枯渇させ、資源を生み出す母体としての地球を休ませるために、宇宙への移民を敢行した。

 みんなが等しく宇宙へ進出するはずだった。その環境は厳しくても、無尽蔵のリソースがあり、可能性に満ちた船出のはずだった。

 でも、現実はそうはならなかった。権力者、金持ち、その追従者は、劣化し、沈滞し、疲弊しつつも、なお居心地のいい地球に残った。喧伝(けんでん)された宇宙への雄飛は、事実上は厳しい環境への棄民政策で、貧乏人は宇宙、金持ちは地球と、居住地のゾーニングを強固に定義するものだったのだ。

 棄民ならまだいい。捨てられた者は捨てられた者なりに、独立した生を生きることができる。しかし、金持ちは貧乏人をしゃぶり尽くした。地球は、自給自足をするには病み過ぎていた。そこでぜいたくな暮らしをするためには、宇宙で採掘された資源がどうしても必要だった。だから、地球に住む特権階級(アースノイド)は、宇宙生活者(スペースノイド)から搾取に搾取を重ねた。スペースノイドは、自らを差別し蔑(さげす)む者のために働き、奉仕する存在になった。

 しかし、そのようにゆがんだ人と人との関係のありようが、長続きするはずはない。それでなくても、人口比で言えばスペースノイドはアースノイドを優に凌駕(りょうが)するのだ。スペースノイドの中に傑出したカリスマが登場すれば、それまで烏合(うごう)の衆であったスペースノイドを糾合して、アースノイドと敵対する勢力を編み上げるのは必然であると断じてよい。

 戦乱の機運が高まる中、人類には一つの希望があった。ニュータイプと呼ばれる人たちが歴史の表舞台に現れ始めたのだ。彼らは、新種の人類…と呼べるほど今の人類(オールドタイプ)と異なるわけではない。少しだけ、共感能力が高いのだ。その駆動原理が明らかになっているわけではない。しかし、人の気分を察したり、受容能力が高かったり、俗な言葉で簡潔に説明するならば、たぶん優しくて繊細な人たちだ。

 なぜ、彼らが現れたのかも、解明されてはいない。おおむね「宇宙という極限の環境が、人にその生活環境で必要な能力を獲得させた」という説明が試みられるが、人はそんなに便利ではないだろう。

 しかし、戦争というもう一つの極限の環境が、彼らに不幸をもたらす。人の気持ちが理解できる、少し進んで少し繊細な人たちは「先読みができるパイロット」として、コックピットへ押し込められ、戦争の道具として使役され、撃墜王になるか、墓場への最短距離を駆け抜けた。戦争や殺りくと最も遠いところに位置するはずの人たちが、戦争を象徴するイコン(聖像)になった。

 …というのが、ファーストガンダム(「機動戦士ガンダム」第1弾)のメインプロットなのだろうと思う。特に、今は角川スニーカー文庫に収められている、アニメ監督・富野由悠季(とみの・よしゆき)版の小説はその色が濃い(TV版、劇場版とは相当違うので、ファーストが好きで未読の方はぜひご一読を)。これは架空戦記のお話だが、宇宙をインターネットに、ニュータイプをオーグメント(増大)された個人に置き換えたりすると、いろいろ思うところはある。インターネットって、確かみんなが平等になって、自由に生きられる世界を作るんじゃなかったっけ?

 年末年始のお休みに、ファーストガンダム全43話を見直すのも一興である。インターネットの効能で、簡単に映像配信の恩恵にあずかることができる。

【筆者略歴】

岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 中央大学国際情報学部開設準備室副室長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「ビッグデータの罠」(新潮社)など。


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