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「がんの痛みを和らげる」

◇3人に1人は痛みを経験◇

こころの辛さ、体の辛さはたくさんあると思うが、その中でも「痛み」というのはもっとも辛いものだ。がんになったときに痛みに苦しむのではないかと、心配される方もいるだろう。

がん患者の70%が痛みに苦しんでいるという。この比率でいくと、日本人は3人に1人くらいは、がんの痛みを経験するということになる。家族というと、子ども2人に親2人で4人が一般的イメージ。祖父母らを入れて6~8人ぐらい。そのうちの3人に1人だから、平均的な家族で1人か2人はがんの痛みを経験する。がんはそれほどごく普通の疾患になりつつあるということだ。

私ががんの痛み、緩和ケアに取り組みはじめたころは、がんと診断された時点でも多くは告知なしで、家族も医療者も嘘八百並べながら一生懸命患者に接しているという状況。当時は主な治療は手術で、残ったものには放射線や化学療法を当てましょうという形だった。

この間というのは、患者が痛かろうが辛かろうがほったらかし。がんの治療をできる限りしたが、もうすることないよということになって初めて、痛みを何とかしてくれないかということから、言葉としての緩和ケアというのが始まった。当時の緩和ケアというのは「ターミナルケア」「終末期医療」と言われるものとほとんど同義だったといえる。

世界の健康とか医療の元締めみたいな世界保健機構も、1989年の段階で緩和ケアは治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患を持つ患者に対する積極的、前進的ケアという定義だった。世界保健機構の定義でもやはり終末期医療だったわけだ。

ところが最近は変わってきた。手術は今でも主力だが、放射線療法が最初に選択されるケースもたくさんあるし、血液のがん等々は化学療法の方がはるかに有効だとされる。そのほかに免疫治療もある。そういった治療により3人に2人の方が治癒する。「サバイバー」という言葉で表現されることも多い。今や緩和ケアというのは、決してターミナルケアではなく、家族の辛さも含めて、がん治療に関連するすべての不快な症状の緩和であると受け取られるようになっている。

◇幅広い緩和ケアの対象◇

がんと診断されて患者は非常にショックを受ける、家族もあたふたとしてしまう。そういった時点から悩み、辛さを抱える患者とその家族をみていきましょうというのが、緩和ケアの考え方だ。世界保健機構も、患者と家族に対して痛みだけではなく、心理的、社会的、経済的なことも含めて、生活の質を何とか改善しましょうという定義に変えた。

つまり、がんに伴って起こるさまざまな体の辛さのケア、痛みだけでなく、抗がん剤、放射線は疲れが出るし、貧血が出る、食欲が落ちるケースもある、心も辛い、それと経済的なことなど、いろんな辛さというのが出てくるが、そういったものを和らげるためのケアというふうに考えていただきたい。

いろんな薬を使ったり、いろんなテクニックを使ってやるということだけではなく、普段皆さんの周りにいる看護師とか主治医、いろんな方々が支えてくれているというのが、大きな意味での今の緩和ケアの定義ということに変わっている。政府は2007年にこうした考えを法律にした。一つには日本といっても広いから、どこでも同じように緩和ケアを受けられるとは限らない。実際のところは地域格差ずいぶんある。病院格差もある。そういった中で、痛みの緩和を目的とする治療もちゃんとやろう、そのために人材や設備をなんとか作っていこうということになった。

これは極端に解釈すると、何しろ法律だから、がんの痛みを緩和できない医師は法律違反ということになりかねない。幸い今のところ、日本で逮捕された医者はいないが、法的にはそういう内容になっている。昨年6月、新たにがん対策推進基本計画が出されて、様々な治療をしっかりやっていくし、そういう研究もするということになった。

また子供たちのがん対策も充実しようということで、小児がんを専門に扱う診療拠点病院というのが1月31日に全国で15カ所制定された。まだまだはじめの段階で、すべてうまくいくとは限らないが、そういった流れが子供たちのがんにもできてきたということも、理解していただきたいと思う。

◇痛み対策せずが64%◇

私自身もともと「ペインクリニック」といって、がんだけでなく、いろんな痛みの治療を専門にしてきた。実はがんの患者で痛みを持ちながら、なかなか主治医に話したり、痛みを和らげる治療を受けたりしていない患者が多くいる。そこでアンケート調査をした。実施前はせいぜい20%くらいと思っていたが、実に64%の方が受けていなかった。どの程度の痛みかは別にして、これはちょっと驚いたことだ。

かつて日本人は、我慢強くて痛みに強いとされた。私がペインクリニックでがんの痛みを含めて和らげようと始めた20~30年前、患者も家族も医師も看護師も、なかなか鎮痛薬を使ってくれなかった。なぜかと言うと、痛みは我慢した方がいいと思っている人が多かったからだ。

もう一つは、がんの痛みにモルヒネなどの痛み止めを使うと、寿命を縮めてしまうんじゃないかと、患者だけなく医師も思っていた。私も最初のころ結構そういう質問とか受けたし、やり玉にあげられたこともあった。

さらに日本の場合、手術や治療をしてもらった医師に患者がすごく気を使う。それと自分ががんであるのに、家族に負担をかけたくないと思う人が非常に多い。そういった状況の中で、どこかが痛いと主治医に言って痛み止めを出されると、それはもう終末期のように捉えられるのではないかと心配する。我々が痛みをコントロールできるようになって、どうして今まで我慢していたのか聞くと、担当の看護師なんかにこういう話を漏らす患者が多かった。

こういうことを覆すために、皆さん方にも痛みの治療が大事だということを言いたい。どうして日本では痛みを我慢するか。富国強兵という形で強い軍隊、強い日本人を作りましょうという流れがずいぶん長い間あったのも関係しているかもしれない。我慢するのは強いということで、膝から血を流しているのに無理矢理我慢して泣かないような子供が大人からほめられた。それを見てれば周りの子供たちは、我慢すれば褒められると刷り込みで思ってしまう。痛み止めとか鎮痛剤というのは「弱ちゃん」が飲むもので、お前そんなもの飲んでるのかという感じになってしまう。

◇痛みの緩和で寿命は延びる◇

私が医者になったころは、まだ外科の先生方は軍医を経験され、戦地から帰ってきたという方が少なくなかった。なかなか面白い方が多かったが、結構きつい。どういうことかというと、手術のあとに患者が先生に「お腹痛い」と言っても「頑張れ」で済ましてしまう。その後ろについてくる婦長も「痛み止めは体によくないですからね」という。そういわれると「やっぱり痛みは我慢した方がいいのか」と患者は思うし、家族もそう思う。

そんな環境の中で痛みを何とかしたいという私の立場は、なかなかうまく伝わらなかった。そこで極端だが、痛かったら死ぬということを、患者や家族、同僚というかほかの医師に理解してもらえれば、もう少し痛みについて考えくれるのではないかと考えた。

慢性の腰の痛みや頭痛に苦しむ方が、もう参ったということで自殺を決意するケースがある。痛みを喜ぶ方はいないから、痛みがずっとある状態というのは、体にとってはずいぶんなストレスになる。さらに最近では、痛みは免疫系を抑えてしまうというので注目されるようになった。免疫系というのは、がんの免疫療法ということでご存じのように、体を守っているもの。対象はがんの細胞であったり、ウイルスであったり、細菌であったりするが、そういうものをやっつけてくれる。その機能を痛みは抑えてしまう。

痛みに伴うストレスはあまりからだに良くない。ストレスの痛みが寿命を縮めるという話ができれば、緩和ケアへの理解も広がるのではないかと考え、いろいろ調べてみた。カリフォルニアのUCLAというロサンジェルスにある大学の病理学の教授が、ネズミの足に毎日痛い刺激を与えるという研究をやっていた。そのネズミは体にある「ナチュラルキラー細胞」というものの元気がなくなってしまうという。ナチュラルキラー細胞というのはウイルスなんかと戦っている。その元気がなくなるのは、軍隊的にいえば士気の低下だから、ウイルスの侵入が容易になる。命にも関わってくる。

例えば乳がんの細胞をネズミの肺に植え付け、転移性の肺がんを作るという実験も、この先生は行った。同じように毎日痛みを加えるグループと、何もしないで餌だけをやっているグループとに分けて経過をみると、痛みを与えられているグループは肺がんがみるみる大きくなって、早く死んでしまう。やはり痛みは悪影響を与えるのだ。

最近の2010年の研究では、肺がんの患者に診断と同時に緩和ケアを行うグループと、手厚い緩和ケアをしないというグループにわけると、きちんと緩和ケアをされた方というのは生活の質がずっとよく、寿命まで延びるという結果が出た。つまりがんの痛みをいろんな薬でコントロールすると、寿命は縮むのではなくて、寿命が延びる。痛みをほったらかしにする医者は、本当に逮捕されても不思議ではないということが理解いただけたと思う。

◇全人的苦痛に対応◇

もう一つ、痛みを放っておくことによって、その場所でさらに悪くなるし、離れた場所にも痛みが出るという恐ろしい結果を招く。がんの痛みとか、治療を要するような引き続く痛みというのは、脊髄のレベルで反射が起こる。皆さん方がむこうずねをぶつけたときに、瞬間的に足を引きます。そういった反射は筋肉が収縮する。筋肉が収縮するというのは、仕事をするわけで、筋肉は消耗する。

人の体は異常が起きた場合、安静にさせるために発痛物質を出して、そこに新たな痛みを作ってしまうということをやる。患者は異常で10の痛みを受けたうえに、さらに発痛物質で10の痛みが加わるので、計20の痛みを感じてしまう。もとの原因は10で変わってないのに、放っておいたことによって、より多くの痛みを感じてしまうということが起こる。最初の10の痛みの段階で治療すれば、10の痛みだけで済む。それが放っておくことで20になり50になって、治す治療が大変になる。

離れた場所に痛みが出ることもある。胆のう炎という病気は強い痛みを伴う。ふつう胆のうというのは右のおなかにあるが、胆のう炎の痛みは右の肩に出たりする。心筋梗塞の患者で左の肩が痛くなるとか、膵炎の患者で背中の方に反射で痛みが起こるケースも少なくない。これらは「関連痛」と名付けられている。痛みを作ったり炎症を作ったりする物質が出るので、放置すると肩や背中が固くなったり赤くなったりということも起きる。

あるいは単純な消炎鎮痛薬でおさえられる痛みなのに、放置したことで治りにくい神経障害性疼痛を引き起こすこともある。しびれたり、熱感になったり、触られても痛いとか、ビリビリするとかいう形になる。

がんの痛みというのは非常に大きなストレスだから、放っておいてはいけない。痛みというのは悪循環でどんどん悪くなるし、離れた場所にも出てくる。単純な痛みを放っておくことによって複雑な治療がしにくい痛みになってくる。これがいずれも患者の生活の質を落としてしまうし、極端に免疫が落ちれば、時にはがんが大きくなるということで死へも繋がっていく可能性もある。こういったものに対してWHOは、簡単な方式で、どこにでもある薬を使って、うまく痛みをコントロールするようすすめている。

痛みがあるからいって医療用のモルヒネなどの痛み止めを使うのは避けたいといまだに思っている人がいる。そういう人は医療者が説明しないと、なかなか痛み止めを使ってくれない。我々も市民講座をできるだけ多くやって、痛みを和らげる緩和ケアの大切さをPRし、一般の理解を広げていきたいと考えている。

今日は話をわかりやすくするため、身体的痛みということを中心に話した。しかし患者や家族の苦しみというのは身体的な痛みだけでなく、精神的な苦痛とか社会的な苦痛、人生の意味を問うとか宗教とか、いろんなことをどうしても考える。現在の緩和ケアは辛さ、苦痛という言葉で表されるもの、そういったもの全てを集めた「全人的苦痛(トータルペイン)」に何とか対応していこうということで、関係者は努力しているところだ。

◇スタッフと顔見知りに◇

がんと診断されたときの緩和ケアについてのまとめだが、緩和ケアというのは決して終末期医療ではない。がんの痛みは我慢せずに早くから緩和することが重要だと理解いただいたと思うが、これはがんの治療においても非常に大切。つまり免疫療法があるように、がんというものを免疫系が守ってくれているわけで、全部がん細胞をやっつけられなくても、それ以上大きくしないという作用がある。

がんと診断されたと同時に緩和ケアを開始する際に、医師や看護師やソーシャルワーカーといった緩和ケアに関わるスタッフと、家族も本人も顔見知りになるといい。そうすると全人的な苦痛にも対処がしやすい。緩和ケアについて理解いただき、最初から相談に乗っていただくということが一番大切だと思う。

 

細川豊史 略歴

細川 豊史氏 特定非営利活動法人・日本緩和医療学会理事長、京都府立医科大学疼痛緩和医療学講座  病院教授。

1981年京都府立医科大学医学部医学科を卒業後、91年京都府立医科大学医学部助教授、文部省在外研究員としてドイツ連邦共和国デュッセルドルフ大学へ留学。2005年京都府立医科が医学疼痛緩和医療部部長、06年同病院教授、2010年同大学医療学講座教授、12年より現職。日本緩和医療学会、日本ペインクリニック学会、日本疼痛学会評議員、厚生労働省緩和ケア推進委員会構成員など多数の要職を歴任。

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